愛してるから縛るのだ
10

 とりあえず釘は刺しておいた。これで当面の間比奈ちゃんの貞操は守られるだろう。
 しかも、けっこう悪いやつではなさそうだ。まあ、比奈ちゃんが選んだのだから当たり前だ。だからと言って交際を歓迎なんぞするわけがないが。
 先ほど桐生尚人は帰っていった。高士と翔太も家に帰って、家には俺と比奈ちゃんと母さんの三人だけになった。

「なあ、比奈」
「ん?」
「桐生は優しいか?」
「うん!」
「そうか……」

 その無垢な笑顔を今まで守ってきたのは俺だった。小さい頃からずっと大事にしてきた。でも、そろそろ手を離してやるべきなのかもしれない。比奈ちゃんを本当に大事に思う男がいつか現れたら、悔しいけどその役目は譲るべきなのだろう。兄だからと言っていつまでも縛り付けておけるわけがない。
 ただ、今はまだ早いというか、俺の心の準備ができていない。まだまだ桐生なんかに比奈ちゃんは渡せない。

「あっ、お兄ちゃんの好きなお笑い芸人出てるよぉ」
「なに!」

 チャンネルを回しながらにこにこと笑う天使のような俺の妹。大事な大事な妹。
 中途半端な男にはあげられない。その点桐生はまだまだ中途半端だ。もっと比奈ちゃんにふさわしい男にならないと、比奈ちゃんはやれない。
 夕飯の準備をする母さんは台所。俺と比奈はテレビを見ながらポテチをつまんでいる。ふたり掛けのソファに座って。

「きゃははは!」

 ふと、窓から外を見る。真っ暗で家の明かりがちらほら見える。ふと、十年前の出来事が頭によみがえる。
 あの時のことを、比奈ちゃんは覚えていない。小さい頃の思い出を全部、比奈はひとつも覚えていない。あの出来事のせいで。
 十年。もう十年が経ったのだ。あのことを、俺も母さんもうまくは受け止められていない、きっと。
 本当は比奈ちゃんに彼氏ができたのを喜ぶべきなのに、素直に喜べないのは、あのことが邪魔をするせいだ、きっと。でも、喜ぶべきだという考えも、あのことがあったからこそだ。喜ぶことを義務としなければならないなんて。
 だけど俺にはどうしていいのか全然分からない。

「お兄ちゃん、これおもしろいねえ!」
「ああ、そうだな!」

 ただ思うのは、比奈ちゃんに幸せになってほしい、それだけだ。