愛してるから縛るのだ
01

「もう年末か……」

 壁にかけたカレンダーを見て、俺はふと呟く。別に正月だからと言って帰省などもちろんしないし、テレビも見ないしどこにも出かけない何も変わらないただの休日だ。だった、と言うべきか。今年はどうやら違うようだ。
 まあ、年が明けたから何がどうおめでたいんだ、という気持ちは拭えないが、キリストの誕生日にセックスしていちゃいちゃするよりは、正月でおめでたいからヤるほうがまだモラルがある。気がする。

「タマー危にゃっ……」

 背後でどたっと音がして振り向くと、タマを追いかけていた比奈がすっ転んでいた。伸ばされた手の先には、すました顔でソファに座るタマがいる。

「何してんの……」
「お、おいかけっこ……」

 強打したとみえる額を両手で押さえながら、比奈が立ち上がる。ひんひんわめいてタマに恨み言を吐く比奈に苦笑しながら、冷蔵庫の扉を開けて作り置きしておいたココアペーストを取り出す。先日比奈が飲みたいからと言って買って作って、そのまま置いてあるものだ。
 ココアペーストを少し耐熱容器に移し、苺ジャムと牛乳を入れて混ぜ、電子レンジに入れてタイマーを押す。
そのうち部屋がココアのかおりに染まり、いまだに額を押さえている比奈がひょこっと出てきて俺を見た。

「ココア?」
「うん」

 電子レンジを見て顔をほころばせた比奈が額から手を外して万歳のポーズをとる。それを横目に、俺は自分が飲むためのドリップコーヒーを出して湯を沸かす。電子レンジがチンと音を立てる頃には湯も沸騰していて、ちょうどふたりで仲良く午後のティータイムができそうだ。両方とも紅茶ではないけれど。

「あつっ、熱い!」
「気をつけなよ」

 すっかり温まったココアの入ったマグを触って飛び上がった比奈は、服の裾を手のひらまで伸ばして、おそるおそる両手でマグを支えローテーブルまで持っていく。ソファに座るとタマが寄ってきて比奈の服をかりかり引っかいている。

「ココアほしいの? ちょっとだけだよー」
「比奈、だめだよ」
「どして?」
「猫にチョコレートとか食べさせたら中毒になるから」
「ええー! だめだよタマちゃん、これは比奈のだよ!」

 慌てて比奈がマグを頭の上まで持ち上げて、タマをしかった。なんてことなさそうにきびすを返すタマに、比奈はマグを下げてふうふうと息を吹きかけた。
 猫舌の彼女を、コーヒーを飲みながらぼんやり眺めて、ふと暗い気持ちになった。

「……比奈」
「ん?」
「……や、なんでもない」
「……?」

 この幸せはいつまで続くのだろう。彼女はいつまで、俺のそばにいて俺を癒してくれるのだろう、いつ俺に愛想を尽かしてどこかに行ってしまうのだろう。
 最近、そんなことをよく考えるようになった。
 慣れてはいけない、この、失いたくない人がいる状況に。慣れたら慣れた分だけ別れがつらい。