呼ぶだけで震える生命
08

 ……でも、照れまくっている比奈ちゃんは可愛い。副産物がこれなら女装もなかなか……ってないないない!
 比奈ちゃんをぼうっと見ていたせいで、背後から近づく気配に気づくのに少し遅れた。

「──!」
「え、何!?」

 突然後ろから抱きつかれ、俺は思わず飛び上がった。首を回すと、ちょうど目の前に黒い髪の毛が見える。

「──?」
「──!」

 イタリア語と思われる言葉で、拓人とその黒い頭の持ち主が言葉を交わす。顔を上げたそれは、いかにも地中海人ですと言わんばかりの健康な肌色をしている。

「フム……気に入られてしまったな、ヒサト」
「は?」
「俺の友達でミケーレと言うんだが、きれいな女はもちろんきれいな男も好きなんだ」
「それって……」

 ゲイ? いやいや、純太に掘られてこいとは言ったけど俺まで掘られる気はさらさらないよ。

「お断り。俺は女の子が好きなの」
「Giapponeseは頭が固いな」
「そうじゃなくて」

 まったくとんちんかんなことを言う拓人がミケーレとやらに何事か言うと、名残惜しそうにしながらも俺の身体を解放して拓人のほうへ歩いていく。なにやらぶつぶつと呟くミケーレを慰めでもしているのか、拓人がその黒い頭をくしゃくしゃに撫でる。
 ……そのそこはかとなく妖しい空気はなんだ。

「拓人、お前まさか……」
「ン? 誤解するなよ、俺はミッキーの好みじゃないんだ、残念なことに」
「残念なのかよ」

 ミッキーはヒサトみたいに美しい人が好きなのさ、ほら俺はどっちかと言えば男っぽいから、と相変わらず黒髪をぐしゃぐしゃしながら人が密かに気にしている欠点を刺激した。

「……悪かったな、女装が似合うようななよい男で」
「ヒナには好評だから、いいじゃないか」
「……」

 筋トレでもしようかな……自分の細い足を見て、ちょっと本気で思った。