06



「あゆむ」
「あ? 何、お前ら帰ったんじゃないの」
「旭さんが、お見舞い行くって言うからついてきたんです」
「真中さん、仲間集めて報復しますよ」
「やめとけ。もう俺関わりたくねぇもん」

 左手の包帯は骨折じゃなかったみたいでギプスは外れていて、指も使えるみたいだけど利き手じゃないからあんまり自由がきかなさそうだ。
 ひらひらと左手を振って、あゆむは面倒そうに右手のギプスで雑誌を固定して読んでいる。

「それ、どうしたの?」
「姉ちゃんの差し入れ」
「ふーん」
「いてっ。触んなよ」
「痛いの?」
「たりめーだろ。昨日痛くて寝てねえんだよ」
「ええっ」

 いつの間にか、気を利かせたのか男の子たちは病室を去っていた。わたしは、あゆむの寝そべるベッドの横にあった椅子に座って、鞄を床に落とした。

「あ、そうだ」
「何?」
「退院したら」
「うん」
「指輪とか買いに行く? 結婚指輪っつーの?」
「……」

 またどばっと涙があふれそうになったのを寸前で我慢した。
 あゆむは、雑誌を読んでいる。ちらっとページを見ると、指輪の広告のページだった。……あれこれすずさん女の子向けの雑誌なんじゃ……。

「聞いてんの?」
「……いらない」
「は?」
「いらない!」

 あゆむが眉を吊り上げる。わたしは、涙をこらえにこらえて、笑った。

「結婚したら、あゆむのために毎日ごはんつくるから、指輪いらないの!」
「……」
「あとね、お風呂も入れなきゃいけないし、お掃除もしたいから、指輪いらない」
「お前さあ」
「だから、代わりにね」

 呆れたようなあゆむの、左手にそっと自分の手を重ねる。

「くまちゃんのぬいぐるみ、買って」
「……」
「おっきいぬいぐるみ!」
「お前それマジで言ってんの?」
「うん!」

 あゆむが、ちょっと笑った。わたしは、結局我慢できずにちょっとだけ泣く。

「安上がり」
「うん」
「バイトしてるから、俺金あるんだけど」
「うん、知ってる」
「ほんとに指輪いらねーの?」
「いらない! あゆむがいればいい!」
「なんで泣くの、意味分かんね」
「うれし泣きなの」

 あゆむがいればいい。ほんとうはくまちゃんも、いらない。あゆむだけいれば、わたしの世界にはほかに何もいらない。
 左手で、あゆむがわたしの頭を撫でてくれる。

「なんでくまなの?」
「……内緒」

 あゆむが、大事にしてくれるなら、ほかになにもいらない。あゆむの携帯につけてあるくまちゃんのストラップを思い出した。わたしのがベージュで、あゆむのがブラウンのくまちゃん。ぬいぐるみ、二つ買ってもらおう。あゆむのがベージュで、わたしのがブラウン。
 最高に幸せ。を噛み締めて、わたしは痛がるあゆむに抱きついた。


20100818

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