花のような声だもの(FT/ジェラエル


「俺は嘘つきだから」

男が有名なそのジレンマを口にしたときのことをふと思い出した。地下深くに存在する石牢は冬の寒さに益々過酷さをまし、見慣れたはずの青い髪でさえ余計に寒々しく見えた。寂し気に呟いて見せた男の唇にはそれは優しい笑みが浮かんでいて、こんな顔をさせたいわけじゃ無いのに、と胸が痛んだのを覚えている。その締め付けられる様な感覚までも鮮明に。男の台詞が真実で有るならば、男はもはや嘘つきではない。もし嘘なら男は常日頃真実ばかりを語っていることになるから、男は嘘つきではない。真実は何処にあるのかも曖昧だ。

ジェラールは前にあった時よりも痩せていた。窶れていた、という方が正しいのかもしれない。元より細身であった身体はまるで病身であるかの様に青白い。以前そう指摘すれば日に当たることが無いからな、と返された。厳重を極めた牢は土の底深く沈み窓は愚か光の一つもない。廊下に等間隔に灯った蝋燭だけが唯一の光源だった。扉の明かり取りの窓までジェラールはペタペタと素足を鳴らして歩いてくる。そっと差し出された手を握り返した。細い、記憶にある彼の腕はもう少し肉厚でーー。喉で笑う声がした。
「泣くなよ」
「…泣いてなど」
「せめて、ここにいる間は笑っていてくれよ」
見えなくとも彼の眉尻が下がっているのがわかった。はにかむ様に笑う、彼の癖だ。知っている。
「私の顔など見てもないくせに」
「わかるさ、お前は昔から嘘が下手だから」
その声は何処までも優しい。耳朶を擽るこの声がかつてどれほど優しくエルザを包み込んでくれていたのか、いやというほど知っている。しなる鞭の音と罵声と嗚咽。あそこには安らぎなど無かった。彼の側以外には。伸ばされた腕を固く握り返す。かつてこうやって、彼の腕に縋っていた時の事はどうやっても忘れられない。そうだ、あの場所も石牢の様に暗くて冷たくて、そして。
「大丈夫、俺はそう簡単には死なない。…生きて贖うとお前に誓ったから」
だから泣くなよ。聞き分けのない子をあやす様なその声は微かに震えていた。


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