さいなん(FT

「どうして俺がこんな事を…」

こめかみに当てた手のしたがズキズキしている。頭が痛い。はぁ、と吐いた溜息は思ったよりも大きく部屋に響いた。ぼやいたところで今更どうにもならない事はわかっている。わかっているが愚痴らずにはいられない。そもそも俺がこんな事をする羽目になっているのはあいつらのせいだ。いや、自分の溢れ出る仏心のせいかもしれない。ああ嫌だ嫌だ。

既に衣服は脱いでいて、下着姿になっている。目の前に山と積まれた色とりどりの布に目眩がしそうだった。高級そうな手触りの良い布をふんだんに使用した女物のドレス。いまからこれを着なければいけないと思うと、もういっそ倒れてしまいたくなった。
「これどうやってつけんだ?」
「こうじゃね?」
「いや、流石にそれはちげーだろ」
グレイが適当につまみ上げた布をナツが横からかっさらい、面白半分に身に付けて遊んでいる。からかう気まんまんの笑みで「手伝うぜ」と着替え部屋に入ったジェラールにくっ付いてきた二人は早々に遊び始めている。グレイに至っては着替える訳でもないのに既に下着一枚だった。地獄かここは。ああエルザ、どうか助けて欲しい。

普段彼等とチームを組んでいるエルザとルーシィは二人だけで別のクエストに行ってしまったそうだ。そういえば2、3日戻らないとエルザが言っていたと思い出す。そこに舞い込んだ街の有力者を警護するだけでなんと相場の倍近い報酬が出るという仕事。
「俺らを置いて行きやがって」
「あいつら抜きでも出来るとこみせてやろーぜ!」
意気揚々とはしゃぐ二人を微笑ましく見つめていると、すすす、と側に寄ってきたマスターにグレイとナツの二人だけで行かせるのはどうにも心配だ、主にワシの胃が、と縋る様な目で見られては付いて行かざるを得ない。しかしジェラールはマスターの視線を振りほどいてでも断れば良かったと後悔した。依頼主が仕事の打ち合わせの途中でとんでもない寝言を言い出したからだ。

「女性はいないのかね?」
「は?」
聞けばダンスパーティーもあるから、女性の警護がいた方が何かとやりやすいということだった。この街からマグノリアまで汽車を乗り継いで丸一日もかかったのだ、いまさら変えの人員など呼べる筈もない。申し訳ない、と依頼主に頭を下げればとんでもない言葉が返ってきた。
「君たちの誰かが女装すればいいんだよ」
その爆弾に代表として交渉にあたっていたジェラールも流石に笑みを凍りつかせる。ひくり、と口元が引きつった。そんなジェラールの後ろでナツとグレイがやいやいと言い争っている。
「俺はぜってーーーやだね!」
「それはこっちのセリフだ馬鹿炎!お前の方が俺より小さいんだからお前が着るべきだと俺は思うね!」
「はぁ?ふざけんなよ露出狂が!」
ヒートアップした二人は周りの様子など目に入ってもいない様だ。依頼主とその後ろに控えた使用人の顔が引きつっている。口での争いにも飽きたのか、衝動的に腕に炎をともそうとした少年と両腕を独特の形に構えた青年にジェラールは軽く魔力をぶつけて吹き飛ばした。予想外の方向からの攻撃に二人はポカン、と口を開けていたが直ぐに気を取り直してジェラールに食って掛かった。普段は冷静なグレイまで拳を握っているのはナツに引き摺られたからだろうか。
「好い加減にしろ、また館を壊して依頼主に迷惑かける気か」
「うっ」
バツの悪そうな顔になったナツはそれでもジェラールに食い下がる。
「でも俺は女装なんて絶対したくねー」
「俺も」
頬を膨らます二人に、学校の先生はこんな気持ちなんだろうか、と思いながらしょうがない、とジェラールは溜息をついた。
「…俺がしよう」
最悪を回避できた!と二人の顔がぱぁぁと輝く。依頼主に向き直り、それで良いですか?と尋ねれば依頼主は横柄な態度で頷いた。
「ドレスは此方で準備しているのを使ってくれて構わない」

ナツとグレイは楽しそうに部屋を物色して回っている。
「これ何に使うんだ?」
白いレースがふんだんに使われた布をナツは摘みあげてしげしげと眺めている。
「それを取ってくれ」
「これか?って、お前着方とかわかんのかよ」
「…脱がせたことがある」
「……おう」
「?」
誰のを、とは言わなかった。こういった華美なドレスをエルザが着る機会があるとは思えない。それに評議員ともなればドレスを着たレディをエスコートしてパーティに…といった世界もすぐそばにあったはずだ。(元)彼氏にしたい魔道士ランキング上位ランカーの名前は伊達じゃないと言うことか。成る程。暗喩するところがイマイチ掴めなかったナツは首を傾げているが、これでも年頃の青年であるグレイはジェラールの言わんとするところを察して苦笑を返した。これは今度ロキも呼んで男子会を開くしかない。勿論ナツには内緒だ。

変身魔法を使えば(少なくとも見た目には)女装しなくてすむ、という事実にジェラールが気が付くのはもう少し後の話。


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