ゆめ

こんな夢をみた。

例によってまた、立派な劇場のバルコニー席にいた。甘ったるい、香水と香水を混ぜたにおいが、熱気とともに劇場内を満たしている。綺麗な装飾の施されたバルコニーの手摺は、丁度胸の位置にあり、私はそこに両手を載せ立っていた。冷んやりと冷たい金色の手摺の窪みを指先でなぞりながら、バルコニーの外をそっと見渡す。私の席は正面から少し右にずれたところで、それなりの席だったけど、まだまだ上にも席はあったし下にも席はあった。覗き見た下の方は普通の席で、それでも十分に豪華な椅子が、綺麗に並んでいる。真っ赤なベルベットと使い込まれた古い木の色が見えた。天井にはクリスタルか硝子の様にキラキラと透明に光る巨大なシャンデリアが白金の鎖で吊り下げられている。一つ一つに真白の蝋燭が灯り、劇場全体を照らしていた。劇場内は仄暗くもあったが、天井に近い位置にある無数の窓からそれぞれに眩しい陽光が差し込んでいる。ヴェールの様に向こうを薄く隠し、襞をつくる光の筋は朝のものだった。しかしこの劇場は、私は何の違和感もなく劇場だと思っていたけれど、舞台というものが存在しなかった。本来舞台がある位置にもバルコニー席が存在し、そこの最上部に一際大きく豪華なバルコニーがあった。イギリスの劇場なんかにはあるという、王様の席。そこを囲う様にバルコニーが突出し、それぞれに人の気配が満ちている。女は皆バッスルの付いた古風なドレスにレースの扇を持ちヴェールで顔を覆っていた。男はシルクハットに燕尾服を着込み、または金のモールと大量の勲章の付いた軍服を着ている。軍人さんは誰も彼も、偉そうな顔をしていた。この国は大きくなる途中だったから、仕方がないな、と思った。見下ろしたはるかしたの席に座る人々も皆似たような格好をしている。一方、私は、何か長い裾を引き擦っていた。色は黒か深い色だった。重たい布の質量を確かに孕んだそのドレスは足を動かす度にまとわりつく。ずっと立っているのに疲れたから、私は長いスカートに隠された足を休め、の体勢にもっていった。この鬱陶しい程の長さも、存外便利な存在かもしれない。瞬きを数回して、視界も何処と無くセピア調だと気付く。降り注ぐ光のヴェールの所為だとばかり思っていたけれど、眼球に直接幕を掛けたように、視界は少し埃っぽかった。人々は皆興奮している様で、劇場内はひどく暑かった。むわり、とする熱気、蜂の群れの様にざわめく声。それが、一層大きくなってきた頃、じゃあん、と大きく銅鑼が鳴る。蜂の群れがぴたり、と静かになった。針の落ちる音さえ聞こえそう。これから厳かな何かが始まるのだと、そう思った。息一つ付くのも躊躇われる程の静けさの中で、今まで閉ざされていた王様のバルコニーの幕が開いた。真赤な布が音も立てずに左右に裂けると、その向こうには一人の男が立っている。深緑に金縁の軍服を着て、腰には細いサーベルを下げていた。彼が、きっと、王様だ。短く切り整えられた髪は濡れた様に真黒で、体の線は細く薄い。肝心の顔は幾多の窓から差し込む光の筋が丁度重なってわからなかった。王様が何事かを唇からこぼす度に、劇場が静粛さを保ったままに湧いていくのを感じる。私には王様の言葉が欠片も理解できなかったけれど、何か、大切な式典で、何か、大切なスピーチをしているらしかった。スピーチが最高潮に達したのか、今迄ずっと直立不動を保ってい王様が、その右手を振り上げる。ば、と音が立ちそうな程に勢いよく。途端、劇場も、幾百の人も、ずるり、と穴の真ん中へと落ちて行く。百万の蝋燭を灯したシャンデリアもまるで早送りをしたビデオの様に、音も立てずに消えた。それが一番最後だった。天井さえも飲み込まれたから、上を見上げれば星空が広がっている。黒というよりも濃紺の下地に、穴を穿ったように星が瞬いていた。薄い白の線がそれらを繋ぎ、図鑑で見たような形を作っている。全部が飲み込まれた後の穴は、もう既に海になっていて、巨大な鯨が泳いでいた。彼がざぶり、と波をつくる度、喉を焼くような塩の匂いが私を越えていく。ここがきっと、海のはじまりだった。私は、夢をみていることに気が付いた。

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