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 委員長と犬川




「犬川君ってうるう年生まれなんだ」


教室の壁に貼られたクラス全員のプロフィールの中から俺のものを指差して委員長が声を掛けてきた。
俺は黒板の日付を明日のものに書き換えながら「そうだよ」と答える。


「じゃあ4年に1回しか当日に祝ってもらえないんだね」
「大体28日を仮の誕生日として祝ってる」
「ふぅん」


未だ俺のプロフィールを見つめたまま委員長は手を後ろ手に組んで足を片足ずつプラプラと揺らした。
教卓に広げられた日誌には男子の体育の内容だけが空欄になっていて、俺はその脇に置かれていた鉛筆で"サッカー"と書き加える。

パタンと書き終わった日誌を閉じるとその音に合わせて委員長が振り返った。


「じゃあ後の仕事は私がやっておいてあげる。早く帰りたいでしょ」
「別にそんな時間かかるもんじゃないし、平気だけど」
「ささやかなプレゼントってことで」
「数分だけかよ」


余りにもささやかすぎるプレゼントに笑うと、委員長は「私優等生だから、気の利いた物持ってないんだよね」とおどける。
確かに品行方正を地でいくからこそ学級委員長なんてものをしてるんだろうけど。

「帰った帰った」と急かす委員長のお言葉に甘えて、俺は鞄を持って一足先に脳電部メンバーの待つソイゼリエへ向かった。


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その日の夜。
俺の好物と誕生日ケーキが並べられたいつもより少し豪華な夕飯を終えてダラダラしていると家のインターホンが鳴った。
部屋で裏サンデーを見ながら腹が満たされたことで湧いた眠気から欠伸を大きくしていると、母ちゃんに「豆太、お客さんよ」とノックと同時に開かれたドアの隙間から呼ばれる。


「え、俺?てかノックしてから開けろよ…」
「そう、悪うござんしたね。外寒いから早く行ってやんなさい」
「へいへーい」
「駆け足!」


のそりと立ち上がると勢いよく尻を叩かれた。痛え。
一体こんな時間に誰だよ、大体は電話で済むだろうに。

そう思いながら玄関のドアを開けると、見慣れないロングヘアの女子が門の前に立っていた。


誰だ…?


目を凝らしながら近づくと、女子が顔を上げ「こんばんは、犬川君」と挨拶してくる。
その声でようやく誰なのかわかって急いで門を開けた。


「委員長!?こんな時間にどうしたんだよ、中入れって」
「ううん。お母さんからもそう言われたけどすぐ帰るから。ここで大丈夫」


そういえば先月休んだ時にプリント届けに来てもらったんだっけと思い出しながら、今日は一体何の用だろうと目を瞬かせていると、委員長が手提げの中から紙で出来た小さな白い箱を取り出した。


「明日の朝だともう過ぎちゃってるから、今渡したかったの」
「え…俺に?」
「うん。誕生日プレゼント」


「もう十分かもしれないけどね」と委員長がへらりと笑う。
学校ではお下げの三つ編みだからか、解かれた黒髪はゆるりとしたウェーブを描いて少しだけ大人っぽく見えた。
それなのに笑顔は妙にあどけなくてそのギャップに目が離せずにいると「甘いもの、嫌いだった?」と不安そうにされ慌てて首を横に振る。


「や、甘いの全然食べる!好き好き」
「良かった。私、パティシエール目指してるの。うちが洋菓子屋で後継ぎたくて」
「すげーじゃん。…てことはこれ委員長作ったの?」
「うん。お口に合うといいんだけど…もし合わなかったら捨てちゃっていいからね」
「んなことしねーよ」
「アハハ。ありがとう」


慎重に箱を開けて中を見ると、柴犬を模したクッキーが飾られたケーキがあった。
ご丁寧にチョコレートプレートに俺の名前と数字の形のロウソクまで用意されている。
「すげー。こんな小さいのに文字書けんのかよ」と画数が少ないにしろ俺だったら絶対に潰れそうなチョコ文字を見て言うと、委員長は照れたように少し俯きながら「いっぱい練習してるからね」と笑った。


「じゃあそれだけだから、もう帰るね。改めてお誕生日おめでとう。おやすみ」
「あ。悪いなわざわざ。ありがとう…家まで送るよ危ねーだろ」
「近くだから大丈夫だよ」
「夜道に近いとか関係ないから。ちょっとコレ置いてくるから待ってて」


「あとで絶対食べるから!」と言い置いて玄関に入ると、委員長が一人で帰ってしまわないように急いで冷蔵庫に向かう。
ガバリと開けたうちの冷蔵庫はぎゅうぎゅう詰めで、パッと見でこの箱が入れそうな隙間が見つからなかった。


「アンタ送ってやんなかったの?」
「今から送って来る。母ちゃんこれ冷蔵庫入れといて。食べんなよ、俺んだからな!!」
「ハイハイ気を付けていってらっしゃい」


白い箱にマッキーで「まめた」と書いている母ちゃんに後を託して駆け足で外に戻る。
靴の踵を踏みつぶして出てきた俺に向かって委員長は「ちゃんと履かないと、スニーカーダメになっちゃうよ」と優等生らしく諭してみせた。





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