俺の言葉にふっと息を漏らした玲央が立ち上がる。そのまま自分の部屋に向かうと、しばらくして戻ってきた。
「お前のもんだ、受け取れ」
「……これ、は?」
ポイっと手渡されたそれは、俺の名前が印字された通帳だった。
困惑する俺が向けた視線に頷く玲央に促され、そっと開いた中には目が飛び出るほどの金額が。
「れ、玲央!? これ、これなに!?」
もう訳が分からなくて、手の中にある通帳さえ仰々しく見えて慌てる俺にくつくつ笑う玲央がソファーに座り直し、煙草に火をつける。
「生前、お袋がお前のために貯金してたお前の金だ」
「……え?」
「まぁ、俺もお袋には敵わねぇけど少しずつ入れてある。お前の夢がなんであれ、必要なときはそれを使え」
俺のための、貯金通帳。母さんが俺の為に貯めてくれた、形ある愛情。
「……あ、」
じんわりと膨らむ温かさに涙がこぼれ落ちた。一粒、また一粒とこぼれていくそれは勢いを増し、視界が滲んで通帳の文字すらもう読めない。
ドクリドクリと脈打つ鼓動の音が熱くて熱くて、俺は膝に頭をこすりつけるように丸くなって、唇を噛みしめる。
「ふっ……くっ」
「馬鹿トラ、泣くなら少しはマシな恰好で泣け」
情けない恰好で声を殺して泣く俺を、笑いながら頭を撫でる玲央の手の平にますます涙の勢いが増していく。
小さい頃に見ていたはずの、もうアルバムでしか思い出すことのできない優しい母さんが、離れてからも思っていたその形はもしかしたら罪悪感もあったかもしれない。それでもいい、それでも良かった。
罪悪感でも後悔でも、母さんの気持ちの中に俺がいたことが、それだけで生まれたことを手放しに喜べるほど嬉しいのだから。
「んっ……ふっ、う……っ」
その場から少しも動けない俺の隣に腰を下ろした玲央は、なにも言わずにただただ、俺の頭を撫でつづけていた。
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