後片付けも終わり、雄樹と志狼がのろのろと帰り支度を始める中で、俺は控えめに仁さんへと声をかける。バイトの俺たちとは違い、このあとも会計処理が残る仁さんはカウンターに並べた書類から目を離して俺を見た。
「仁さん、俺、高校を卒業してもここで働きつづけたいと考えています。もし仁さんが俺を雇いつづけてくれる気があるのなら、必要な資格のためにどんな勉強をすべきか、教えて頂けませんか」
はっきりと、仁さんの瞳から目を逸らさずに、けれど緊張がばれないようにできるだけゆっくりとした口調でだけど、自分の考えを主張する。そんな俺に一瞬目を見開いた仁さんは、次第に口元を緩めながら体ごとこちらに向き直った。
「ちなみにトラはどんな資格が必要だと思う?」
「調理師免許、だと思っています」
「はは、うん、だろうな」
でも違う。微笑んだ仁さんが立ち上がれば、俺の目線は自然と上がる。
「必要な資格は最低でも食品衛生責任者と防火管理者だ。けどこれは金を払って数日講習を受けりゃ取れる」
「え? そうなんですか?」
「あぁ、けどうちみてぇな深夜営業の店は警察に届けを出したり、他にもまぁ色々面倒な手続きはあるが、そういうのは追々教えていきゃいい」
「……はい、」
「俺はな、トラ」
帰り支度を済ませた二人がスタッフルームから出てくる音が聞こえたが、俺の視線は仁さんから少しも外れない。こちらを真っ直ぐと射抜く力強い瞳の奥に、積み上げてきた信頼が垣間見える。
「ろくに客もこねぇこの店をここまで繁盛させたお前を高校卒業ごときで逃がすほど、お人好しじゃあねぇんだよ」
「じん、さん……」
「ったく、改まってなに言うかと思えばお前は。驚かせんな」
ぐしゃぐしゃ。乱暴だけど優しさが覗く仁さんの撫で方に少し俯いた顔が今、すごくニヤけているなんて恥ずかしくて見せられない。けれど感動する間もなく俺の背に重みが増して、振り返ると俺以上にニヤけた雄樹がいた。
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