「こんにちは」
「やぁ小虎くん、学校はサボリかな?」
それから順番が回り、俺は慣れたように診察室へ足を踏み入れた。
挨拶をする俺に笑顔で咎める其川さんに少しだけ頭を下げて椅子に座ると、仕方がないなぁと笑われてしまった。
「ご迷惑おかけしました」
「……いいえ。それから、どう?」
「はい。なんだか以前より、甘やかしてくるようになりました」
「へぇ? いい傾向だね」
「あはは」
不可抗力とはいえ幼児退行してしまったのは事実だし、それによって玲央が罪悪感を感じるのは分かっていた。それを理由に甘やかしてくれるのも納得できる。
「でも俺、本当は知られたくなかったんです」
「……お兄さんが罪悪感を感じるから?」
「それもあるけど……なんつーか、俺の中では親父の暴力と、玲央の暴力は別物なんです」
暴力という点において、親父も玲央も度合いは違えど、していたことは紛れもない事実だし、それについては謝る謝らないで済む問題でもないだろう。
だけど俺にとって、親父から受けていた暴力で玲央が苦しむ道理はないと結論が出ているのだ。
「殴ってたって言えば、確かに聞こえは一緒ですけど、その内容も結果も違うから、別物なんです」
「……でも、君を苦しめた事実は変わらないだろう?」
「はい、それはちゃんと償ってもらいます。
……多分、親父は死んで、玲央は生きてるから、だから別物だって思えるんですよね。
親父はもう俺に謝ることもできないけど、玲央は謝ってくれたし、俺の面倒も見てくれるから、だから玲央は違うんだって思い込みたいだけなのかもしれません」
「小虎くん、君……」
どんなに綺麗事を並べても、やっぱり玲央は最低だと思うし、過去は消えないのだけど。
それでもそんなことにいつまでも足を引っ張られなくなるほどには、強くありたいじゃないか。
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