「小虎」
「ん? うっ!?」
玲央から、正確には二人から視線を逸らして俯いていた俺の名を玲央が呼んだ。
なんてことないフリをして上を向いた瞬間、玲央の片手に頬を挟まれ、口がアヒルっぽく尖ってしまう。
「アイツになにされた」
「……はんひほ……」
なんにも。そう答えた瞬間、玲央は安堵の息を吐いて、俺を抱きしめようとするみたいに身を屈めてくる。
咄嗟にそれを避けて、顔に笑みを貼りつけた。
「色々聞きたいことあるけどさ、とりあえずおかえりー。ご飯作るから着替えてきなよ」
「……ただいま」
若干、いや、めちゃくちゃ不機嫌そうに睨む玲央を無視。
別に玲央が悪いわけではない。でも、なんだか外人に抱き着かれたばかりの玲央に抱きしめられたとき、違う匂いがしたら嫌だ。
なんか……嫌だ。
自室に向かい、さっさと着替えてキッチンに立つ。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、その場で飲む玲央にどぎまぎしながら食材を洗う。
なにか言いたげな視線をひしひしと感じながら、俺は平静を装った。
「風呂入ってくる」
「うん」
はぁー、とため息の音が後ろから聞こえたが、そちらを見る勇気は今、ない。
……面倒くさいとか思われてるんだろうなぁ、俺。
いやいや、でも別に友人なんだろうし? 外人ならハグくらい普通だよな?
俺だって外人じゃないけど雄樹と抱き合うこともあるし、別にどうってことないんだろうけど。けど、でもなんか……やだなぁ。
や、でも玲央からして見れば不特定多数の女の子を抱いてるわけだし、それに比べると友人からの熱い抱擁なんて気にしちゃいないんだろうけど。
それでもやっぱり、あの場所は――って俺はなにを考えてるんだ。
深い深いため息をこぼし、俺は食材に包丁を入れたのだった。
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