「泉を抜かして彼女って呼べる女を作ったこともまぁねぇけどよ、誰にも絶対キスしねーの」
「……はぁ、そうですか」
誰ともキスしない? まぁ、変な潔癖あるし、想像がつくっちゃつくが。
でもそうだとしたら、あの夜のことは? いいや、もっと前にここで、オーナールームで玲央は豹牙先輩と俺に――。
くるりと振り向いた巴さんが、俺の腕を引っ張った。
「だから大事にしろよ?」
と、耳元で一言。訳が分からず呆気に取られる俺の頭を、巴さんがぐしゃぐしゃと撫でた。
「でも隙あらば両方食うつもりなんで、そこんとこよろしく」
「……あえて突っ込みませんからね」
食うって単語がなにを意味しているかくらい、俺でも分かる。現実味はないが。
相変わらずニヤニヤ笑う巴さんにため息をこぼし、俺はさっさと背を向けた。
しかし先ほどの人だかりがエレベーター前に移動しており、前に進むことができない。困ったな、そう思い人だかりの先を覗いてみると、そこにいたのは玲央だった。玲央と、綺麗な女性が腕を組んでいた。
「……」
新しい彼女、だろうか。女性はすごく嬉々としているが、玲央は反対に無表情で、どこか機嫌が悪そうにも見える。
でもデスリカから出てどこ行くんだろ? デート?
「あ」
二人が乗り込んだエレベーターの扉が閉まる直前、玲央と目が合った気がした。そしたらなんだか悪いわけでもないのに、胸の奥がズキンと痛む。
なんだ、これ。分からず首を傾げる俺の周りでは、先ほどの二人をお似合いだと言うみんなの声が聞こえていた。
――その日、玲央は家に帰っては来なかった。
きっとどこぞでさっきの人と楽しい一夜を過ごしているのだろう。
モテる男は大変ですね。つーか泊りなら事前に連絡しとけって話なんだが。
そうやって悪態をつきながら、俺は静まり返った部屋の中、体を丸めて布団に潜った。
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