「正直な、メニュー増やせっつったときは、ここまでトラが真剣になるとは思わなかった」
夜の部の開店時間になり、いつものように仕事をこなす俺の隣で、シェーカーを振る仁さんが呟いた。
「適当、ってわけでもねぇけど、軽い気持ちで指示したことは認める。悪かったな」
「い、いえ! いえ、全然、俺、働くのも初めてで、本当なんにも分かってないから迷惑ばっかかけて、てか言われたことしかしてなくて、謝るのは俺の方です、ほんと、すみません」
慌てて首を横に振りながら謝る俺に、視線だけをこちらに向けた仁さんが微笑む。
「ありがとよ、お前ますます良い男になったな」
「へ!?」
「はははっ!」
なんだか悪戯気に笑う仁さんの言葉に、恥ずかしさと嬉しさがこみ上げる。良い男ってのは無いと思うが、でもそう言ってくれる気持ちが純粋に嬉しいのだ。
そんな俺と仁さんを見た雄樹が「きーっ! 浮気よーっ!」と言いながらエプロンをかじって引っ張っていた。アホめ。
それからいつものようにデスリカへデリバリーしに行くと、カウンターに座って緑のモヒカンよろしく夏輝(なつき)さんと話す巴さんがいた。
俺に気づいた夏輝さんにお粥を渡し、ニヤニヤ笑ってくる巴さんをちらりと見る。目が合った瞬間、すっごくイイ笑顔を向けられたんだが、なんだおい。
「よぉ小虎、本当にデリバリーしてんだなぁ?」
「どうも。仕事ですからね」
「いいねぇ、頑張ってる若者の姿は良い肴になる」
「……はぁ、巴さんも若者ですよね?」
「あ? 俺ぁ22だぞ? お前に比べりゃ年寄りだろ?」
「いやいや、世間ではまだ若者ですよ、それ」
22で年寄りって、世間に喧嘩を売ってるんだろうか、この人は。
とはいえ仕事中で長話をする気はなく、それじゃあと背を向けた。はずなのだが、なぜか腕を掴まれていて動けない。なんなんだ、一体。
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