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「前にさ、どうしてもストロー使って飲む撮影があったんだけどよ、玲央のやつ、すっげー噛んじゃってボロボロにしやがってよ。他にもたまーに紙コップとか噛んでんだよなぁ、アイツ」

「……すと、ろー」

「本人は気づいてねぇみたいだけど、あいつほら、変な潔癖あんじゃん?」

「あ、あぁ、はい……」

「うん。なんかさ、人間って本能的に口は特別な器官だって分かってるみたいで、玲央の場合それが人一倍強いんじゃねーかなーって俺は思うわけ」


ストロー、紙コップ。それらを使っている玲央を見たことがないから分からないが、そういう行為の裏にはなにか感情の現れがなかっただろうか。


「まぁ世間一般的には欲求不満だとかストレスだとか、はたまたマザコンだとか色々理由はあるみてーだけど……」

「すと、れす」

「うん、でも人間が人間を噛むときの感情は、すでに心理学が証明しちまってんだよ――相手の存在の認識、それによる安心感、独占欲、そして愛情表現、ってな」

「あい、じょっ!?」


愛情表現!?
待て待て待て、俺が最初に噛まれたのは……まだ玲央と和解する前、体育祭の時だろ?
俺を噛んで安心? 独占欲? あ、あいじょう、ひょうげん?

ありえない。そう思っている俺の脳が騒いでいるのに、頬はどうしてか熱くなった。そしてそれを変だと思う反面、心の奥がなにかに掴まれたように甘く痛みを感じている。


「……へぇ、まんざらじゃあないんだな?」

「へっ!? ちが、これ、は! ――んぐっ!?」


西さんの言葉を否定しようとした瞬間、なぜか顔面に彼の顔が。ついでに言うのなら、唇に柔らかな感触が。――こ、この変態……っ!


「受講料、な」


すぐに離れた西さんが、唇と唇が触れそうなほどの至近距離でそう呟く。言葉を発するその前に、変態はふたたび唇を寄せようと近づいた――瞬間、目の前から消えた。


「……西、てっめぇ……」

「……れ、ひょ……」


なんだ「れひょ」って。つい安堵したとはいえ、呂律の回らない俺の姿はさぞ間抜けだろう。




 


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