あれから俺と雄樹は普段と変わらない日々を過ごした。本当は気になっていたし、知りたくないといえば嘘にもなる。
だけど、雄樹がアホやって、それを仁さんと笑っている。それだけで俺は楽しかった。だから、これがぎこちなくなるくらいなら、なにも聞かずにいようと思う。
そんな俺の心情を察したのかなんなのか、雄樹は相も変わらずアホだった。
それよりも――俺は困っていた。
先日、雄樹が小鹿になる事件が発生したが、そのとき隆二さんが置いて行った千円。これが俺の悩みの種である。
雄樹が勝手に決めたお粥の値段は五百円。つまり、おつりの五百円を返せないままだったのだ。
雄樹が一緒のときに返そうなんて言ったものなら、恐らく小鹿どころかミジンコになるまで震えるだろうし、隆二さんだってきっと、少なからず雄樹の発言に傷つく。
一方的に雄樹が喧嘩を売っていた気もするが、隆二さんだって人間なのだから少しくらい嫌な思いもするだろう。
……だから、俺は隆二さんにどう返そうかと悩んでいた。
「……やばい! 閃いた!」
「う、わ。びっくりしたー。どしたのトラちゃん」
昼、いつものようにお粥を作っているとき、神は降りてきた。
そう、あの、あの席でなぜかまたお粥を食いに来ている元調理室の住人、あいつに頼めばいい! やべー、俺かなり冴えてる!
「えー、なにトラちゃん、その笑顔きもーい」
「……アホに言われたくねー」
隣で歓喜に震えている俺をばっさり切り捨てた雄樹は、ケラケラ笑っていた。
しばらくして、元調理室の住人でリーダー格だろう男が仲間たちと立ち上がる。いつものように雄樹に千五百円を渡すと、のんびりとした歩調で出入り口へ向かっていった。
俺はちらりと雄樹を見る。ついでに鍋の様子もみて、平静を保ちながら言った。
「雄樹、ちょっとトイレ行きたいから、鍋見てろ」
「ん? はいはーい」
よし、いける。
鍋の前にやってきた雄樹に「よろしく」なんて言いつつ、俺も出入り口へと向かう。
廊下に出てリーダーさんを探し、すぐさまあとを追った。
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