俺と同じように両手を合わせた玲央がトーストをかじった。たったそれだけのことなのに、どうして絵になるのかこちらも不思議だ。
「お前、俺の弟じゃなきゃ食われてたぞ」
「え?」
「泉、あからさまに狙ってたろ」
朝からよくもまぁそんな爆弾を投下してくれたものだ。
あんずジャムを塗っていた手が震えたぞ、俺は。
「でも俺、やっぱり分かんないなぁ……。別に軽蔑……は、しないけど、好きな人以外とそういうことするの、不思議」
「その答えを俺に求めてんのか、お前は」
「……」
目玉焼きに塩こしょうをかけながら玲央が言う。
その返事にげんなりとしたまま、ジャムを塗り終えたトーストをかじった。瞬間、広がる甘みに疑問もどこかに飛んでいく。
しばらく互いに黙って食事を進めていたが、先に沈黙を破ったのは俺だった。
「そういえば旅行鞄のヒモがさ、切れちゃって。今日買いに行くけど……玲央は仕事ねぇの?」
「今日は休みだ。……旅行鞄って、あの古くてだっせぇやつか」
「……ださくて悪かったな」
確かに古くてださいけど、あれしか持ってなかったんだよ、ちくしょう。
「ふーん……じゃあやるよ」
「? 旅行鞄?」
「あぁ」
「え、余ってんの?」
「あぁ、貰いもんだけどな」
そう言って、最後の一口になったトーストを食べ終えた玲央が、パンくずのついた親指をぺろりと舐める。
その姿から潔癖症などと、一体誰が想像できようか……。
「ん、くれるなら欲しい」
「あぁ、食い終わったら出す」
「うん」
旅行鞄を買う手間が省けた。浮いたお金でお土産の選択肢も増えるかも。
そんなことを考えながら、意外とイケるあんずジャムに、俺は魅了されていったのであった。
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