もちろん、補充の味噌があるからなんとかなるものの、無駄になったこの味噌の代金は俺の給料から引かれてしまう。
あれ……なんかデジャブだなぁ。
「それどころか、キスもないの。手もねぇ、繋いだことなんかないんだよぉ」
「えーと……」
どこから突っ込めばいいのだろうか。
泉ちゃんに怖じけついて客の数は少ないものの、まったくゼロというわけではない。
その中には当然、玲央と泉ちゃんが恋人同士だと騙されている人間もいることだろう。
困った俺が仁さんに目配せをすると、彼は一つため息をこぼしたかと思えば、客席一つ一つに自ら赴き頭を下げて回りはじめる。
驚いたことに、誰一人として文句も言わずに店を出て行くと、カウンターに戻ってきた仁さんは煙草を吸いはじめた。
「おい雄樹、お前も帰っていいぞ」
「えー? なにそれ冗談でしょ〜? 俺も付き合うよー、泉ちゃん」
気を利かせた仁さんの言葉に、それはわざとらしく返事をする雄樹は泉ちゃんの隣に腰を下ろし、いつの間にか用意したジョッキをあおった。
俺もコンロの火を止めて、コップに水を注ぐ。
「……玲央ってあんなんだから、私、抱いてもらえるって思ったことあるんだよね」
「……」
正直、生半可な気持ちで聞いているわけではないのだが、いかせん未知な話題にリアルを感じていると、仁さんが注いでくれたらしいジョッキを俺に手渡した。――酔えってことか?
「そもそもさぁ〜、泉ちゃんと玲央さんってどうやって知り合ったのー?」
屈託のない(ように見えるけど、あれは絶対ワザとだ)笑顔で雄樹が質問すると、泉ちゃんは考え込むように目を瞑る。
そんな泉ちゃんに近づいた仁さんが、緊張したような面持ちで呟いた。
「泉、言わなくてもいい」
「……んー…」
だけど泉ちゃんは口角を微かに上げるだけで、不穏な空気を察した俺と雄樹は黙ることしかできなかった。
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