テーブルに置いたビールを、玲央がなにも言わずに飲み始める。
テレビもつけていないから、シンとした沈黙が流れていた。
俺はおもむろに足を正し、玲央のほうへ体を向けた。
突然のことに怪訝そうな表情を浮かべる玲央と、視線がぱちりとかち合う。
「お願いがあります」
「……」
寝起きのせいか、それとも俺の畏まった態度に意表を突かれたのか、玲央は煙草を消して心なしか体をこちらに向けた。
「……母さんに、会いたいです」
「は?」
玲央が珍しく目を丸くした。
その表情を見て、緊張に固まっていた体が少し、ほぐれた気がする。
「……俺、物心ついたときから母さんのこと、なんにも知らなくて……写真、とかも多分、親父が処分してたと思う。
本当は前々から、お願いしたかったんだけど、でも、言い出せなくて……」
「……それを決心させたなにかが、今日あったってことか」
「…………うん」
はー……。ため息をついた玲央が頭の後ろを掻いた。
ソファーの背もたれに体を預けたかと思うと、すぐにその身を起こして煙草を吸いはじめる。
「お前、次はいつ休みなんだ、バイト」
「……え? えーと……お願いすれば、多分、いつでも」
「分かった。じゃあ俺から話しておくから、来週……一週間泊まりに行けるように準備しとけ」
「え?」
肺には入れなかったのか、白い煙を吐き出した玲央がこちらを見て呟く。
「おふくろの墓は、こっちにはねぇからよ」
ぽつりとこぼれたその言葉に、どっと感情が溢れ出た。
涙が出たわけでもないのに俯いてしまって、でもお礼を言おうと顔を上げれば、その瞬間、頭を撫でられてしまって。
きゅんと、胸の奥が締めつけられる音がした。
「玲央……ありがとう、ございます」
「あぁ、どういたしまして」
大きな手のひらで見えないけれど、でも多分、玲央は笑っている気がしたんだ。
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