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――とか思っていたのに。


「待てやゴルァアッ!」

「待てるかアホがっ!」


喫茶店でほのぼの空気を楽しんでいた俺たちが、ふたたび駅前でうろうろしていれば、どうやら以前、志狼に喧嘩を売って負けたやつと遭遇してしまったのである。
相手が一人二人なら志狼も足だけで勝てるだろうに、残念ながら相手は十人だ。さすがに片腕が使えないと無理だと悟ったのだろう。志狼は俺の手を取って走り出した。
そして駅前からずっと俺たちは追われていた……のである。


「小虎、こっち」

「うおっ!?」


ズザー、なんて靴の擦れる音を鳴らして志狼が急カーブをする。手を握られている俺があやうくバランスを崩しそうになれば、志狼が手を引いて助けてくれた。
あぁ、俺のほうが助ける側でなきゃいけないのに、なんか……ごめん。


「え、ちょ、志狼?」


とか心で思ってはいたけれど、なぜか志狼がラブホに飛び込んだときは謝った自分を馬鹿にしたぞ、俺は。
フロントになにか言った志狼が鍵を受け取って早足で部屋に入れば、当然、手を握られた俺まで押しこめられてしまい……。まさかの人生初のラブホです。


「はぁ……ったく、小虎ごめんね? 大丈夫?」

「え? あ、はい。大丈夫だけど心はくじけそう」


入り口で膝をついた俺の横に、志狼がしゃがみ込む。


「もしかして、はじめて?」

「……まぁね」

「……あははっ、なにそれっ。小虎、可愛い」

「ちょ、なに笑ってんだよ!」


無遠慮に腹を抱えて笑う志狼に飛びかかれば、入り口の廊下に志狼の体が倒れていく。
あ、そっか。志狼は今、腕が――そう思っていた俺が、なぜか志狼を押し倒すような形になっていたときは、互いに驚きで目を丸くしていた。

フッと、志狼が息を吐いて笑う。


「本当、小虎って可愛い。ごめんね? 今は腕がこれだからさ、喧嘩しても良かったんだけど……小虎を守り切れるか正直、微妙だった」

「……いいよ、別に。ここに駆け込んだときは、まぁ、ビビッたけど」

「うん。まさかあんな動揺するとは思わなかった」

「うるせーよ」


くすくす、さっきまで驚いていた二人が笑い合えば、ここがどこかも忘れてしまう。
俺は起き上がり、志狼の腕を引いた。




 


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