「で?」
「あ?」
「で、そいつ取って、てめぇはどうする気だって聞いてんだよ」
無表情なまま兄貴が男に問う。ため息まで出る始末だ。
俺は兄貴に蹴られた男がゆっくり起き上がるのを見て、危ないんじゃないかなと思っている。けど、口が動くことはなかった。
殴られるといつもこうだ。抵抗を忘れた人形みたいに力が抜ける。
あぁ兄貴、うしろを見てくれ。今アンタ、危ないんだ。
そんな俺の視線に気づいていたのだろうか、それとも自分で気づいていたのだろうか、起き上がった男のほうを振り向かず手の甲で殴れば、今度こそ男は沈んだ。裏拳……。
「ちったぁ考えて喧嘩売れよ、格下が」
平然と言いのけて、俺がいるというのに男の顔面に拳を飛ばす兄貴。
男がその反動で倒れていけば、掴まれている俺までバランスを崩してしまう。なのに兄貴が当然のように俺を掴んでくれるから、倒れることはなかった。
「そしててめぇは抵抗しろ」
「あてっ!」
んでなぜか小突かれた。意味分からん。
つーか三文芝居にもなりゃしねー喧嘩だな。
面倒くさそうに息を吐く兄貴を見上げながら、また知らないことを一つ知った気分になる。
なんか兄貴って……。
「んだよ」
「え? あ、いや……」
俺の視線に気づいた兄貴に若干睨まれる。慌てて視線を違うほうへ向ければ、顔を青ざめた通行人たちがみな、一様に驚きの表情を浮かべていた。
なんだか居たたまれなくなっていれば、男たちの存在などなかったように兄貴が歩きだす。少し躊躇いもしたが、俺はそんな背中を追いかけた。すみません、誰か手当てしてあげてください。
そのままロッカーから服を取り出して家に帰れば、消毒液を大量に含んだガーゼをべちゃりと当てられて……手当てともいえないそれが俺に施された。
兄貴との初お出かけは、そんな形で幕を下ろしたのである。
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