「じゃあトラ、こうしようぜ」
「? なんですか?」
もともと厳つい表情をしている仁さんがニヤリと笑う。だから余計に凄味があるが、もう慣れている俺には悪巧みしているようにしか見えない。実際、その通りなんだろうし。
彼はどこからか取り出したチケットを俺の前に掲げる。
「雄樹が赤点免れたら、最近玲央と仲良くなった小虎ちゃんにご褒美として、この遊園地の入場券をやる――どうだ?」
……非常に、非常に不服ではあるが。
「……のった」
カウンター内で、無謀すぎる売買が行われているなどと、どこのアホが分かるだろうか。
そう、分かるはずがない。俺がアホ過ぎた。
あとになって冷静に思えば、雄樹が赤点を免れるのはまぁ、なんとかしてやろう。しかし、しかし、だ。
遊園地の入場券を貰って、俺はそれをどうするつもりなんだろうか。
「……馬鹿だった」
がっくりと肩を落とす。それはバイトが終わって数時間だけ雄樹の勉強を見ていた疲れかもしれないが、そうじゃない。
入場券を貰ってもどうすることもできない自分に対する呆れである。
兄と行けるとでも思ってたのか、俺は?
あぁそうだとしたら最悪に馬鹿なのはこの俺だ。
行けるわけがないだろうが、行けるわけが!
家に帰って一番にソファーになだれ込み、ずっと自分に呆れていること数十分、いい加減、風呂に入ろうと体を起こした瞬間、玄関扉の開く音がした。どうやら帰ってきたらしい。
……噂をすればなんとやら、かな。
「おかえりー……」
「あ? なんだ、まだ起きてたのか」
「うん、今さっき帰ってきたとこ」
今はこうして普通に会話をしているが、やはり仲が改善された二日くらいは敬語で遠慮しがちだった。
しかし俺が敬語や遠慮をすれば、兄貴は壁やイス、つまり物を殴ったり蹴ったりするのである。当然、自己防衛力が働いたのは言うまでもない。
そして一つ問題が解決したかと思えば、先にはもっとたくさんの問題が隠れていたのである。
実は、兄貴は他人の飯が食えない潔癖症だったのである。綺麗な店でなら食えるが汚い店は無理。顔見知りでも本当に親しいやつじゃなきゃ手作りなんてとても食えたものじゃない、なんて俺にしては不思議な潔癖症だ。
ちなみにデスリカの食べ物は口にしないが、カシストの食べ物は口にする。つまり、俺の知るところ、兄貴が他人の飯を食うのは仁さんだけだ。
だから兄貴が俺の飯を食わなかったのも俺が嫌いだからで、かじるようになったのは少しだけ俺を認めてくれたからで、でもまだ、やはり自分で作ったほうが安心できるのだと言う。
それを知ったときの悲しみと喜びは絶対に忘れてやったりしない。
「飯、どーした?」
「まだ食ってねぇよ。てめぇは?」
「俺は食べてきた。仁さんとこで雄樹と」
「ふーん」
なぜか手荷物のない兄貴がさっさと台所に立つ。手を洗って冷蔵庫を物色していることから、飯の準備をするのだろう。なんだかなぁ。
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