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白い廊下を歩きつづけていれば、手すりに掴まって歩く女性がいた。
七十は超えていそうだが、きっと見た目年齢よりも若いだろう。


「どうかしました?」

「え?」


なんだか困っているように見えて声をかける。
横顔しか見えていなかったその姿があらわになって、息を呑む。

この人……目が見えてないんだ。

声のするほうを頼りに顔を向けたのだろう。しかしその目が俺を見ることはない。おおよその位置を見つめる姿に、そっと手を伸ばす。


「どこかへ、行くんですか?」

「……この手は、貴方の手?」

「はい、そうです。なんだか伸びちゃって、すみません、頼りないかもですね」

「ふふ……そうね。私は手すりに掴まっているんだもの、転びはしないわ」

「はい、手すりのほうが安全かもしれません」


焦点の合わない双眸が形を変える。目元に寄るしわがなんだか温かくて、思わず母親を連想してしまった。
実際生きていれば、もっと若いはずなのだが。

彼女は頼りになる手すりから、そっと片手を離して俺の手を握る。驚くほど、温かかった。


「本当はね、会いたい人がいたの。今日来るって聞いて、動いたらダメですよなんて看護師さんに言われてたけど、そんなの聞いてちゃいられないわ、ねぇ?」

「はは、そうだったんですか。看護師さんには悪いけど、お手伝いしますよ?」

「あら、良い子ね。声からしてまだ高校生……大学生かしら?」

「高校生ですよ、まだまだ子供です」

「えぇ、そうねぇ。高校生は子供だわ」

「はい」


話をしながら廊下の様子を見る。少し遠くに位置するソファーは空いている。


「少し、動きますよ」

「ならしっかりサポートしてちょうだいね?」

「もちろん」


手すりから完全に彼女の手が離れる。俺はその両手を握って、ゆっくり一歩、また一歩、彼女が落ち着いて歩いてこられるように引いていった。
ソファーに辿り着いて、そこに彼女の腰を下ろさせれば、安心したような息が彼女の口から漏れ出た。




 


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