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「でもまぁ、いいんじゃない? 楽しそうにしてるなら、それが一番だよ」

「う……色々とすみません」

「うん、いいよ」


若くて爽やかで、患者さんや看護師にも人気のある其川さんが微笑めば、辺りには春のような柔らかなオーラができる。
それを楽しみに思う俺は、正直くすぐったくてしょうがなかった。

だけど一度呼吸を深くして、そっと吐き出す。


「俺、二度と来ない……とは言えないけど、当分来ないつもりです」

「……自分で決めたんだ?」

「はい。まだ目指してる兄弟なんかじゃないけど、でも、兄も前向きな意見を俺にくれたから、俺はそれを信じたいんです」

「……うん……いいと思うよ」


寂しそうな其川さんの表情にちくりと胸が痛んだ。
この人はずっと、親父が死んでから親のように、ときには兄のように俺の面倒を見てくれた。
彼にとってそれは患者の一人に過ぎなくとも、俺にとって彼と過ごした時間もまた、大切なものに変わりはない。

でも、俺が本当に笑い合っていたいのは、この人ではない。


「でも俺、泣き虫で弱くて、すぐへこんでばっかだから、こんなこと言ってても来るかもしれないです。だからそのときは、」

「頭を撫でて叱ってあげる。そのあとうんと甘やかしてあげる。でしょ?」

「……はい」


また肩を竦めてしまう。いまさら隠し事をする仲でもないが、少しは見栄を張らせて欲しい。なんて、決して口には出さないが。
そのあと一言二言話をして、俺は診察室をあとにした。いつも見ていた待合室が、今は違って見える。
いつもはうな垂れて座っていたソファーも、来るたび変わっている週刊誌も、窓から射す柔らかな日差しだって。今はすべてが新鮮に見えていた。

ゆっくりと足を踏み出して出口へ向かえば、なんだか見えない誰かに背中を押されている気分になる。多分、こういうのをきっと、心機一転とも言うのだろう。




 


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