羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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「今年の七夕、雨で残念だったね」
 のんびりとした、しかしほんの少しだけ寂しそうな気配を滲ませた行祓の声が食卓にこぼれた。外はしとしとと雨が降っていて、この季節にしては気温が低い。半袖では肌寒いくらいだ。
「まあ、この時期は毎年天気崩れやすいしな……」
「なんでわざわざこの梅雨の時期にやるんだろ? 雨ばっかりなのに」
「あー、もしかして旧暦の七夕は晴れてたのかも」
「なるほど。一ヶ月くらいずれるんだっけ」
 じゃあ織姫と彦星は旧暦の七夕に毎年ちゃんと会えてるのかもね、と行祓は笑って言う。そして、勢いよく立ち上がったかと思えば冷蔵庫まで駆けていき、あっという間に戻ってきた。
「そんなわけで、今日のデザートはこれです」
 じゃじゃーん、とご機嫌な効果音を自分でつけてそいつがちゃぶ台の上に置いたのは、きらきらと光を反射するクラッシュゼリーだった。プラスチックの容器の中身は層が分かれていて、黄色とピンクの層が優しい色合いだ。
「小学校のときとかさ、七夕の日の給食にゼリー出てこなかった?」
「……言われてみれば出てきたかも。最初は凍ってるんだよな」
「そうそれ! アイスの容器みたいな紙のカップに入ってて、縁の部分から少しずつ柔らかくなってくんだよね。好きだったなぁ」
 何味だったのかはもう全然覚えていないが、俺もあれは好きだった記憶がある。解凍されきっていない部分の食感が楽しかった。ゼリーとアイスの中間のような、ねっとりとした舌触りだったような気がする。あれ、地味に学校給食以外であんまり体験できない食感なんだよな……。
 懐かしく思いながら目の前のゼリーに手をつけることにする。よく見たら星型にカットされた林檎が載っていて――いや、今の季節だと梨だろうか? ほんのり黄色のそれは本物の星のようで、ひと思いに口の中へと放り込んでしまうのが勿体なく思える。
 シャク、と瑞々しい音が口の中で弾けた。
「ん……うまいよ」
「どれどれ……あ、ほんとだ。おいしくできたね」
 ゼリーの部分はしゅわしゅわとしたこれまた不思議な食感がして、不思議に思って聞いてみると「炭酸が入ってるんだよ」という回答をもらった。なるほど、サイダーとかを使ってる感じか?
「果物がいっぱい入ってる」
「作るの楽しくて色々入れちゃった。好きだよね? こういうの」
 頷いた。大きめにカットされた果物はゼリーによく合う。こんなにたくさん入れてくれたのは、おそらく俺の好みを考えてくれたのだろう……と思えるくらいにはルームシェア生活も長い。「ありがとう」と言ってみると、嬉しそうな笑顔が返ってきてこちらも嬉しくなった。
「まゆみちゃんは他に好きな給食とかあった?」
「他に? デザート?」
「デザート以外でもいいけど」
「んー……あ。あれが好きだった。半分凍った林檎……コンポート?」
「りんご? へー! おれそれ知らないや。でもおいしそうだね」
「うん。真空パックみたいな感じになってて、四分の一カットくらいの大きさで最初は凍ってて、解凍してから食べるやつ。なんか学校給食のデザートってそういうの多かったよな。全部冷凍されてるっつーか」
「確かに。クリスマスのケーキとかもあんまり急いで食べると微妙に凍ってたような……?」
「行祓は何か記憶に残ってるのあるか?」
「おれ? なんだろ……んっと、デザートじゃないんだけど。ししゃもの天ぷら? フリッター? みたいなやつが好きだったな。子持ちのやつ」
 ハンバーグやナポリタンではなく子持ちししゃもな辺り、こいつは小さい頃から和風を好む舌だったらしい。今でも行祓の作るものは和食が多い。こういうちょっとした好みからも「らしさ」が見える。
 俺が出会う前のこいつも、ちゃんとこいつなんだな……という当たり前のことを実感してなんだかむず痒く思っていると、行祓の手が俺の腕をつついた。
「まゆみちゃんって、小さい頃から果物好きだったんだね。なんかそういうの、今も昔もまゆみちゃんって感じでいいね」
 思考が被ってしまった。若干恥ずかしいが、しかし、それがまったく嫌ではなかった。
「行祓も同じだな」
「ん? 味の好みが?」
「味の好みが。まあ、昔と違うこともあるんだろうけど」
「確かに、大学入ってから急に食べられるようになったものとかある」
「ふは、それ俺もあるわ」
 ゼリーをまた一口食べて思わず笑う。もしかしたらこれから先も、好きなものや食べられるものが増えることがあるかもしれない。そしてその瞬間は行祓にも同じようにやってくるかもしれない。
 それを俺が隣で見る可能性があるというのは、なんだかとても幸せな気がした。

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