羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 正木がこういう顔もするってこと、知ってる奴はいるんだろうか。
 おれは、正木の目尻に溜まった涙を親指でそっと拭う。それだけで正木の体はびくっとして、ぼんやり定まらないままだった目の焦点もしっかり合った。珍しい。正木がおれのこと直視してくることって滅多にないんだよね。しかもこんな至近距離で。
 なんか、「見えすぎて怖い」らしい。正木はあんまり視力がよくないみたいで、おれのこともいつもぼんやりとしか見えてない。このくらいの距離感だとはっきり見えるらしいから、そのせい? よく分からない。
 いつもはきりっとしている感じの正木だけど、今は意外なくらいにふにゃふにゃだ。輪郭が柔らかい。
 ありていに言ってしまうと、かわいいな、って思う。
「堀内……?」
「ん、ごめんごめん。正木がかわいいなーって」
 ああっ、また目が合わなくなってしまった……。正木が恥ずかしがりなのは知ってたけど、今日は特に酷い。せっかくこんなに近くで触れ合ってるのに、ちょっと寂しい。

 ――実は今日、正木と「そういうこと」をした。
 おれはもうずっと前からうっすらと考えてたけど、それを正木に伝えるのにはかなりの勇気が必要だった。だって正木ときたら、ご覧の通り目を合わせるのでいっぱいいっぱいな有様だ。うぬぼれてるみたいだけど、おれが「しよう」って言ったら正木は断れないんじゃないかなあ……と思っていたのもあって、急かすことだけはしたくなかった。
 おれが勢いのままにそれを切り出したとき、案の定正木は声も出ない様子で固まっていた。かと思えば、『だ、誰かに言わされてるとかじゃねえよな……?』とやけに深刻そうな口ぶりで気遣われた。いやいやいや、言わされるって何? と若干ショックを受けてしまったのは記憶に新しい。
『……っつーかお前、意味分かって言ってんのか』
『え、何が?』
『何が、って……どういうことする、とか、知らねえだろ』
『知ってたら、正木にそれしてもいいの?』
 目を閉じてあのときのやりとりについて思い返しながら、おれはまた鼓動が速くなるのを感じる。たっぷりと黙った正木の目元にじわりと赤が滲んで、泣きそうな声で『……して、ほしい』と言われたこと。ちょっと驚いたけどとっても嬉しかった。
 そうだ。あのとき初めて、もしかして正木は挿入する側をおれに譲ってくれる気でいるのかな? って気付いたんだ。
 たくさんの人に慕われている様子の正木だけど、まさかこんなところまで器が大きいなんてすごい。感動したおれは、だったらせめて最大限気持ちよくなってもらえるようにしようと情報収集に勤しんだのだった。結果はというと、うーん、どうだろう。痛がってはいなかったとは思うんだけど。
「正木、体しんどくない? 大丈夫?」
「ん……大丈夫」
「……気持ちよかった?」
 声は聞こえなかった。でも、真っ赤な顔で頷いてくれたのが分かった。ほっと一安心だ。
 そういえば最中はちゃんと下の名前で呼び合えてたのに戻っちゃったな、なんてちょっぴり残念な気持ちになる。やっぱりまだ完全には慣れていないということだろう。咄嗟に出てくるのは名字の方だし。
 おれは、綺麗に筋肉のついた正木の体をそっと撫でる。優しく優しく。
「っ、堀内」
「やっぱり正木って体力あるね。あんまり疲れてなさそう」
「そうか……? ……お前が、優しくしてくれたから……じゃねえの」
「え、ありがとう! 伝わってるって嬉しいね」
 既に上体を起こしていた正木にキスをすると、「んっ」という微かな声が耳を掠める。そのまま体重をかけたらあまり抵抗もなくその体はベッドへと逆戻りした。んー、やっぱりかわいい。
「……お前は?」
「え? おれ?」
「ん。気持ちよかったのか? ちゃんと」
「気持ちよかったよ。具体的な感想文はちょっと今頭回ってないから無理だけど……正木、きっとかわいいんだろうなーって思ってたら想像以上にかわいかったね」
「な、なんで俺に同意を求めるんだよ……」
 尻すぼみな声で抗議してくる正木はさっきからずっと顔が真っ赤だ。まさか、こうしておれの隣で恥ずかしそうにしているこいつがめちゃくちゃ喧嘩が強いだなんて。今でも若干信じられない。だっておれなんかに押し倒されてくれるんだよ? 自分で言うのもなんだけど、腕力体力どっちも並なのに。
「ねえ、最近調子悪いとかないよね? 喧嘩してる?」
「何の確認だ? ……売られたら買うこともある、けど、別に普通……怪我もしてねえし」
「いや、だって、なんか未だに信じられなくてさー。正木が喧嘩してるとこ殆ど見たことないんだもん。前におれのこと助けてくれたときは、全然見るどころじゃなかったし。一瞬だったし」
「見せたくねえっつったろ」
 ぐにっ、と片手で頬を両側から掴まれる。ううー、タコの口みたいにされた。でもそれを見た正木は笑ってくれたからおれとしては万々歳だ。目も合うようになってきた。
「……ふ。アホ面」
「まひゃきはかあいいよ」
「お、まえ、やっぱ目ぇ悪いんじゃねえの……」
 頑張って憎まれ口を叩こうとしているのが逆に微笑ましい。こいつが他校生とかからは怖がられてるってつくづく神秘だと思う。怖さの対極でしょこれは。今だって、正木はおれが体重をかけるままにベッドに押し倒されておとなしくしている。抵抗ゼロだ。されるがまますぎて逆に大丈夫かな? って思う。
「嫌なら嫌って言わなきゃだめだよー」
「は? 今度はなんだよ」
「あまりにも無抵抗だから心配になっちゃった。変なことされそうになったらちゃんと反撃してね! 反撃しないまでも頑張って逃げてね!」
「何の心配をしてんだお前は……俺にこういうことしようなんて物好きお前くらいだろ」
 いまいちおれの危機感は伝わらなかったらしい。呆れたような表情の正木に頭をぐりぐり撫でられた。冗談とかじゃないんだけどなー。
 ぎゅっ、と抱きつくと抱き締め返される。強めの力加減が心地よかった。達した後の脱力感も相まって夢みたいに気持ちがふわふわする。正木の脇腹をさすると「エロい触り方すんじゃねえよ」なんて優しく怒られる。正木だっておれが触ってるときエロい顔してたじゃん。もっとおれに興奮してよ。
 ね、どうしてだろ。数年前はちょっと怖いけど悪い奴じゃないクラスメイト、だったのに、今は何してたってかわいく見える。
 おれがそれだけ正木のこと好きになってるってことかなあ。
 ふふふ、と含み笑いが漏れた。正木はそんなおれを見て、心底幸せそうな表情をしてくれる。あ、そんな顔もするんだ。嬉しい。またひとつ正木のことを知れた。
「あの、もしおれに挿れたくなったら正直に言ってね」
「は?」
「正木が広い心でおれに譲ってくれたから……正木のしたいことだったらおれも頑張って叶えたいなって思うんだ」
 正木は何事か考えている風だったけど、やがて笑って「ありがとな」と言ってくれた。おっ、まさか次回はおれが下に……? とどきどきしつつ深くは聞かない。その方がスマートだと思うので。おれも正木をリスペクトして恋人を丸ごと包み込めるような包容力のある男になろう。
 おれは腕に力を込める。これは包容力の第一歩だ。たぶん。身長が若干足りてないけど。
 おれはどんな風に正木を受け入れるだろう。優しく? それともどっしり構えた頼り甲斐のある感じ? 想像は尽きない。でも、きっとどんな正木もかわいいだろうな……って先走って想像しちゃうのは、どう考えても愛だなって自信を持って言えるよ。
 これも包容力の一種、かな?

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