羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 下に着いた、という連絡があったから社用車の前まで二人で歩いていくと、案の定安来はとても驚いた表情をしていた。
「潤! 待っててくれたのか?」
「矢野さんが一緒にいてくれたんだ。お昼ごはんご馳走になっちゃった」
「マジかよ。俺払うぞ、巻き込んで悪かった」
「馬鹿、いいんだよ別に。オレが引き止めてなかったら帰ってたんだし」
 ありがとう、と口々に言ったそいつらにオレは軽く手を振って背を向けた。僅かな間だけでも二人きりになれたならいいなと思う。せっかく会う機会ができたのだから。
 昼休みの終わりが迫っていて、オレも慌てて自社ビルへと向かう。最後にちらりと振り向いたらなんと向こうもこっちを見ていて、目が合ってしまって少し気まずくなる。けれど二人は大げさなくらいの笑顔で手をぶんぶん振ってくれたから、恥ずかしい奴らだな……なんて照れ隠ししつつ小さく手を振り返したのだった。
 まったく、仲が良くて羨ましい限りだ。


「そういえば、今日の昼は潤くん……と一緒に飯食ったよ」
 何のトラブルもなくスムーズに定時退社して、家に帰ってからのことだ。オレはソファでのんびりくつろいでいる春継に一応の報告をした。そいつはきょとんとしていたけれど、かくかくしかじかと軽い説明をすれば問題なく理解してくれたらしい。ふ、と微笑んだかと思えばソファに手招きしてくる。
「今度からは事前に言ってくれるとおれも安心だな」
「え、なんで?」
「ええ? あなた、言わなければ気付けないほど鈍くはないだろうに」
 だってまさか、嫉妬なんてことはないだろ。ああ、そっか、マナー的に? 確かに今回は急だったっていうのもあるけど、それでも一言連絡するくらいならできたはずだからな。春継はそういうことを言っているのだろう。
「ごめん、次からはちゃんと言うわ」
「そうだね、おれとしても恋人がプライベートで男性と二人きり、というのは面白いものではないし」
「え!? オレそっちの心配されてんの!?」
「別に疑っているわけではないよ? 何でもかんでも報告必須だなんて窮屈だしね。上手く隠してくれるなら構わないかなと思う」
 それはオレが構うわ! 器が大きいとか言ってる場合じゃなかった。アンタはほんとにそれでいいの、と聞いてみると、「ちょっと寂しいけれど、全てを詳らかにすることが正義ではないよね」なんて返ってくる。いや、寂しいのは駄目だろ。絶対駄目だ。
 オレは慌ててソファに駆け寄って、春継の隣に座る。「あの、別にやましいことは何もないです」一応弁解してみたのだが、「見れば分かるよ」とさらっと返された。なんだよ、分かるのかよ。
「隠そうとしていることが分かればそれ以上はそっとしておくつもりだがね、おれは。束縛したいわけでもないし」
「そっとしておかないでほしい……というかちょっとくらい束縛してほしい……」
「ふ、素直でよろしい」
 どんな話をしたの? といつもより幼い口調で聞かれてどきっとした。こいつはたまにこうやって年相応な面を見せてくれるから、オレはそれが嬉しかったりする。
 変に誤魔化してもすぐにバレると思ったので、観念して「えっと……アンタのいいところたくさん話しちゃった」と白状。すぐに返事はこなかった。流石の春継もこれは予想外だったらしい。
「……なんか言えよ」
「あ……ああ、ごめんね。驚いてしまった」
 あんまり嬉しくなさそうだな、迷惑だったかな、と少し悲しくなる。何か言葉を続けられる気分でもなくてつい黙ってしまって、そしたらむにっと頬をつままれた。
「んぅ」
「あなたが外でそういうことを言うなんて……本当に驚いた。恋人自慢とは可愛いことをしてくれるね」
 あ、これ、もしかして照れてる?
 オレはゆっくりと春継の手を外して思わず呟く。
「て、照れてる……」
「照れてなんかいないよ」
 ぷいっとそっぽを向かれた。照れてるじゃねえか! 可愛いな!
「オレこれからもどんどんアンタのこと自慢していい……?」
「おれにも同じようにさせてくれるなら、いいよ」
「え、誰に自慢すんの」
「安来さんとか?」
「いやそれはっ……えー、それはちょっと……オレのイメージ崩れるだろ」
 含み笑いをされた。おい、どういう意味の笑いだそれは。
 まあ、こいつのことを不審がられずに自慢できる相手なんてそれこそ潤くんくらいなので、今後会う機会がないとしたら恋人自慢は二度と実現しなかったりするわけだが……。
「オレは潤くんとまた会えたらそのときだけちょっと自慢する感じにする」
「ふふ、随分と仲良くなったみたいじゃないか」
「そう? 仲がいいっつーかシンパシーを感じるっつーか……」
 好きになれない部分がちょっと似てると思ってしまう、というのは仲がいいことになるのだろうか? 不思議なんだけど、好きになれない部分が自分の中にあるときよりも人の中にあるときの方が許容できる気がするんだよな。
 春継は、「もしかしたら潤くんも同じように思っているかもしれないよ」と言った。「おれとしては、言うほど似てないと思うけれどね」とも。
「それにしても、安来さんはお弁当を持ってきているのか。冬眞くんも欲しい? お弁当」
「いや、もし欲しくてもアンタに作らせたりはしないっつの。会社行く前とか帰ってきてからとか準備するの大変だろ。夕飯作ってもらってるだけでかなり助かってるのに」
「こっそり同じお弁当とか、漫画みたいでいいじゃないか」
 ううっ、可愛いこと言って誘惑してくるのをやめてほしい……。かなり惹かれるものがあるから余計に自制するのが大変だ。
 そういえば前、安来に『オレも手作りのからあげを弁当に詰めてくれる彼女欲しい』みたいなことを嘯いたことがあったかもしれない。まあ、彼女じゃなくて潤くんだったんだろうし、オレだって彼女よりも春継のが断然いいので、というか比べるまでもないので、今の状況はオレにとって夢以上のものだ。
 人に話したことで春継の良さを再確認したし。こう言ったらなんだけど、恋人自慢ってめちゃくちゃ楽しいな……世の中の奴らはこれを当たり前にできたりするのか。羨ましすぎる。
 それに、潤くんが喋ってるのを聞くのも楽しかった。これはきっと、潤くんが安来とのことを楽しそうに喋ってたからだろうな。
 もしかしたらオレもそういう風に見えてたのかもしれない。
 そうだったら恥ずかしいけど、ちょっと嬉しい。
 春継は、もしオレのことを誰かに話すとき、楽しいと思ってくれるだろうか。
 思ってくれると、とても嬉しい。
「……うん? どうしたんだい冬眞くん、可愛い顔をして」
「な、なんだよ。別になんでもねえし」
「ふふ、そうかい」
 こういうときに重ねて聞いてはこない春継のことが好きだ。きっとこれからもずっと。
 潤くんに内心でお礼を言ってみる。オレの恋人のこと聞いてくれてありがとう、って。もしよかったらまた聞いてね、って。
「さて冬眞くん。そろそろお夕飯にしよう。話し込んでしまったね」
「うん。今日の夕飯って何?」
 春継は笑って、「今日はからあげです」と言った。今度はオレが驚く番だった。
「……春継って本当にすごい」
「ええ? 何がだい。また過大評価をしている予感がするよ」
「タイミングがよすぎるってこと」
 からあげが食べたい日だったのかな? と春継がにこにこしていたので頷いておく。春継が準備している間に風呂を綺麗に磨いてお湯を溜めよう。
 潤くんも今頃安来のために夕飯作ってるのかな、なんて想像しつつ、オレは好きな人のために何かができる幸せを噛みしめた。

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