羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

INFO / MAIN / MEMO / CLAP


「おおう……なんというか、大漁だねえ」
 まゆみちゃんは、おれの言葉に少しだけ眉を下げて困ったような顔をした。
 バレンタイン商戦の加熱するこの時期、モテ男の宿命なのかなんなのか、まゆみちゃんはそれはもう様々なチョコレートを貰って帰ってくる。コンビニで買えるような一粒チョコから百貨店でこの時期にしか買えないような高級感溢れるパッケージのチョコまで豊富だ。まゆみちゃんは甘いものが好きだけど、流石にこうもたくさんあると全て消費するのにも一苦労みたい。それにまゆみちゃんって、お菓子よりも果物が好きなタイプの甘党だもんね……。
「コーヒー淹れようか?」
「んー……牛乳にする。ホットミルクに溶かして飲むといいってどっかで見た」
 あ、いいね。おいしそう。
「なあ、もしよかったらお前も手伝って」
「え、おれも食べていいの? まゆみちゃんにくれたんだよね?」
「『たくさん貰うから全部一人では食えねえけどいい?』って聞いてから受け取ってるから平気……だと思う。賞味期限切らすよりまし」
「そっか、じゃあおれも貰っちゃおうかな。ありがとう」
 おれがホットミルクを作っている間に、まゆみちゃんはチョコレートを賞味期限の早い順に並べている。どうやら手作りのものは断ってるみたいだ。そうだよね、足が早いもんね……。
 まゆみちゃんの仕分けの結果、選ばれたのは生チョコレートだった。ココアパウダーが控えめにまぶされたオーソドックスなやつ。最初に二人で一粒ずつそのまま食べて、「わ、おいしいねえ。舌触りがなめらかで」「うん。うまい」なんて感想を言い合う。まゆみちゃんがぽとぽととチョコレートをコップの中に落としていくのを横目に見つつ、おれもいくつか貰ってホットミルクに溶かした。
 なんでチョコレートと牛乳ってこんなに合うんだろう。甘くておいしいなあ。
「毎年こんな貰ってるの?」
「あー、高校のときとかの方が凄かったと思う。大学入って大分減った」
「えっすごい……これ以上貰ってたんだ」
「大学は同じクラスでも授業別々なら殆ど会わねえから楽。っつーか高校は女子が友達同士で一緒にチョコ渡しに来たりするからマジですぐ数十個になる……」
 モテる男もつらいものがあるねえ。おれには一生できない経験な気がするよ。高めのチョコレートって自分だとまず買わないし、貰い物でしか食べる機会が無いけど……やっぱり普段食べてるのとは違って特別な感じ。
「毎年こんなにおいしいチョコ貰ってたら舌が肥えそうだね」
「……お前の作ったやつ、うまかったよ」
「わ、褒められちゃった。へへ、ありがと」
 あの節分とバレンタインを総取りしたようなチョコのことを言っているのだろう。あれはなかなか美味しかったと自分でも思うけど、庶民派であることは否めない。別に立派な箱に入ってるわけじゃないし、ラッピングもしてないし、皿の上にざらーっと出しただけだったし。
 それでも喜んでくれるから、まゆみちゃんは優しいなあ。
「うまかったからまた食べたい」
「あはは、こんなにチョコあるのに」
「だからバレンタイン以外の時期がいい……かも?」
 手作りのチョコレートは受け取らないまゆみちゃんが、おれの作ったものはまた食べたいと言ってくれる。なんだかとっても優越感だ。嬉しいね、ほんと。
「まゆみちゃんが忘れた頃にまた作るよ」
 おどけた口調でそう言うと、まゆみちゃんは笑いまじりに「ありがと」と返してくれた。
 おれは満足してまたコップに口をつける。甘くて温かくて、自然とにこにこしてしまう。しばらくお茶請けのお菓子はチョコレートになるだろうなあ、と思いつつ、溶け残っていたチョコレートをスプーンですくって口に運ぶ。
 それは、痺れるくらいにあまーい幸せの味がした。

back


- ナノ -