羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 マリちゃんは優しい。いつも俺のこと気にかけてくれて、思い遣ってくれて、俺の話をちゃんと聞いてくれる。初めて会ったときからずっとそう。優しさに溢れてるし、無理してる感じが一切しないのもすごい。あくまで自然体で、人に優しい。
 ……でも。
 最近のマリちゃんは、ほんのちょっぴり夜の俺にいじわるだ。

 体温が高めのマリちゃんの手が、確かめるように俺の体に触れてくる。耳元や脇腹の辺りを手が掠めるたびに体に熱が溜まっていく気がして、俺はどうにもこの前戯の時間はそわそわしてしまう。
 マリちゃんとこういうことをするようになってすぐの頃、この感覚が無性に恥ずかしくて『適当でいいよ』みたいなことを言ってしまったことがある。そしたら、当たり前というか予想できた話なんだけど、『たとえあなたがよくても、おれがいやです。好きなひとのことは出来る限り大切にしたいです』ってマジトーンで言われてしまった。そうだよね、マリちゃんはそう言ってくれるよね。あっさり言い負かされた俺は、今日もこうしてマリちゃんの手の温かさを感じつつ優しさに触れている。
「ん……っ」
「すみません、痛かったですか?」
「や、へーき……は、ぅ」
 ほんとは寧ろもっと強い刺激が欲しい。マリちゃんは丁寧だけど、丁寧すぎてもどかしいことがある。じりじりと熱が燻って、ずーっと焦らされているような感じ。しかもつい最近判明したんだけど、どうやらマリちゃんはこれを半分わざとやっているふしがある。曰く、『前戯のときのセツさん、とてもかわいらしいので』だそうだ。残りの半分は、『痛い思いはしてほしくないので』とのこと。確かに、この丁寧さの賜物かそれともマリちゃん生来の器用さのお陰か、流血沙汰みたいな経験はこれまで一度も無い。俺が初めての相手だと言っていたけれど、どんどん上手くなっていく。
 ……そう、上達が早いのだ。若いからだろうか。
 マリちゃんの手をそっと握ると、マリちゃんははにかむような笑顔を向けてくれる。キスしたいな、と思ったらちょうどいいタイミングで唇が触れた。声に出さなくても伝わるのが嬉しくもあり恥ずかしくもある。舌を絡めて、また体が熱くなる。
「ん、ぁ」
「セツさん、少し痩せました?」
「んんっ……ぁ、そ、かな。夏バテ……?」
 うっすらとついた筋肉のすぐ下にある骨を撫でられてくすぐったい。思わず身をよじると、「しっかり食べてくださいね」なんて言いながらマリちゃんは俺の脇腹にキスをした。軽く舌でつつかれる。
「ふ、ぁっ、ん、っふふ、マリちゃん待って、そこ」
 マリちゃんの耳元に手を伸ばして、制止の意味を込めて髪を梳く。指通りのいい、一度も染めたことのない髪だ。マリちゃんは素直に顔を上げて俺の手に頬をすり寄せてくる。うう、かわいい。
 こういう時間はとても幸せだと思う。好きなひとのことだけ考えていられる時間。
 ゆっくりと時間をかけて体中触れられる。指が中に入ってくる。僅かな圧迫感も、この子から与えられたものなのだと思うと愛しく感じる。
 最初は全部俺が教えた。
 でもそれをどんどん吸収していったのは、マリちゃんがとっても勉強熱心で真面目だったから……なんだと思う。
「……っ」
 考え事をしていたらマリちゃんの指先がいいところを掠める。それは決定的な刺激にはならない快感だ。なのに、そのほんの一瞬の快感に脳みそがやられて、もっと強い快感が欲しいと思ってしまう。無意識に膝を擦り合わせていたのに気付いて愕然とした。こんなの恥ずかしすぎる。
 既に俺の中にはマリちゃんの指が三本も呑み込まれていて、丹念に慣らされたそこはローションの効果も手伝ってとろとろに柔らかい。もうとっくに挿入してもいいはずなのに、マリちゃんはそうしてくれない。
 ――俺が、「いれて」って言うのを待っているのだ。
 マリちゃんは、俺が「キスしたいな」って思うのも「手繋ぎたいな」って思うのもちゃんと察してくれるのに、こういうことは察してくれない。俺にちゃんと言わせようとする。マリちゃんになら気付けないわけないのに、絶対わざとだ。
 息が荒い。視界が潤む。このままじゃ、気持ちよくなりたいってそれしか考えられなくなっちゃう。
「マリちゃ……マリちゃん、もう」
「我慢できなくなっちゃいました?」
 こくこくと頷く。はやく挿入してほしい。「マリちゃんの、ちょうだい……」もしかしなくても今の俺、ものすごくみっともない表情をしているんじゃないだろうか。
 震える手をマリちゃんの下腹部に伸ばす。八歳年下にされるがままっていうのも男の沽券にかかわるというか、いや、セックスで女役やってる時点で沽券もクソもって感じかもしれないけど。マリちゃんにだって気持ちよくなってほしいのだ。俺とするの、気持ちいいって思ってほしい。俺とでよかったって思ってほしい。
 僅かに芯を持つ、平均よりも大きめのそれを優しく撫でる。ん、と吐息混じりの声が聞こえて、それだけのことに嬉しくなる。安心する。俺は、恋人を気持ちよくすることができている。
 カリ首の部分をくすぐるように擦ると、びくっ、と手の中で脈打つのが分かった。もうすぐこれが俺の中に入ってくるのだ。どうしよう、後ろがむずむずする。
「雪人、さん」
 耳元で低く囁かれて頭の中が甘く痺れる。もうとっくに声変わりを済ませた声帯は、適度に低く、それでいて丸みのある優しい音を響かせる。こうやって、最中に名前を呼ばれるのが好きだった。俺のこと考えてくれてる、って実感できるから。
「ね、も、いい? もう挿れていいよね……?」
 こんな風にねだるの、恥ずかしい。恥ずかしいのに興奮する。もしかしたらマリちゃんには、それが分かっているのかもしれない。俺がこんなこと、考えてるって。
 マリちゃんの逞しい腕が俺の体を支える。期待で胸が震える。何度体を重ねても、この瞬間は嬉しくて涙がこぼれそうになる。
「――今日も、あなたのことを大切にしたいです」
「もっとめちゃくちゃにして、いいよ……」
「ほんとうに?」
「……うそ。ごめん。めちゃくちゃにしていいんじゃなくて、めちゃくちゃにしてほしい……」
 結局全部言わされた。沸騰するのかってくらい顔が熱い。しかも、ここまで言わされた上で、マリちゃんはきっといつも通り優しい。
 全部全部分かってるのに、俺は自分の欲望に素直になってしまう。ぎゅうっと首筋に縋りついて、自分の中がまさに拓かれようとするのを今か今かと待ち焦がれた。

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