羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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「今日の夕飯は牡蠣です」
 牡蠣のオイスター炒めだよ、と言って行祓が食卓に出してきたのは牡蠣とブロッコリーの炒め物。いい匂いがふわりと食卓を漂う。栗のごろごろ入った味噌汁に、厚揚げをこんがり焼いてネギとしょうがをたっぷりかけたのと、あと一品は――。
「なんだこれ……?」
「今は牡蠣がおいしい季節だけど、果物の柿も旬だからね。生ハムメロンならぬ生ハム柿だよ」
「洒落か?」
「牡蠣と柿だから? なんとなく据わりはいいかな?」
 きっとおいしいよ、と笑う行祓。それはまあ、お前が夕飯に出してくるものは全部うまいよ。そこはかなり信頼してる。
 淡いオレンジ色の果肉が生ハムにうっすら透けている。なるほど、初めて見る組み合わせだがそんなに常識外れの味はしなさそうだ。見た目も同系色で綺麗だし。
 いただきますと手を合わせ、物珍しさも手伝ってその生ハム柿に最初に箸をつける。口に入れて咀嚼すると柿の甘みと生ハムのしょっぱさが混ざり合ってうまい。こういう系統の果物って生ハムと合うんだな。
 おかずを満遍なく食べながら、そういえば行祓はいつもその季節のものをうまく食事に取り入れようとしてくれるよな、ということに改めて感謝の気持ちが芽生える。
「今日も全部うまいよ」
「ふは、ありがと」
「こういう……旬のもの? 毎回集めるの大変じゃねえの」
「ん? 全然! むしろ旬のものだから多く出回るしね。初物食べると七十五日長生きするって言うし、やっぱりおいしいものはおいしい時期に食べたいじゃん」
 桃だって夏がいちばんおいしいでしょ、と嬉しそうにしている行祓。こいつは俺が、桃好きだということを知っている。知っていて、覚えてくれている。
「来年の夏は桃づくしに挑戦しよっか?」
「……桃づくし?」
「まず生の桃は外せないでしょ、桃のゼリー作って、コンポート作って、シャーベット作って……桃のタルトにフレッシュジュースに、とにかく桃を作った色々なものを作って食べてみるという催しです」
 えっそんな……楽園みたいなことを……。「まあお菓子は流石に練習しないといけないけど」と言う行祓に後光が差して見える。あまり負担はかけたくないのだが、作ってもらえるのだとしたら拝みながら食べるかもしれない。
「俺、お前の料理ずっと食べてたらめちゃくちゃ長生きするな……」
「……まゆみちゃん、最近喜び方があからさまになってきたね?」
「わ、悪いかよ」
「とっても光栄です」
 もう全然説得力は無いと思うのだが、俺は本来ここまで食い意地の張った人間ではなかったはずなのだ。自分でも恐ろしい。前は、休みの日なんて下手すると一日一食でもいいことすらあったし、コンビニや外食に抵抗のあるタイプでもなかったのに。
 おそらくエンゲル係数は上がっているが、それがまったく惜しくないのだから俺は幸せだ。
 牡蠣の旨味を幸せと一緒に噛みしめる。ブロッコリーにも牡蠣の風味が移っていて、炒めてかさが減っているからかいくらでも食べられる気がしてくる。……ついでに言うとエンゲル係数と一緒に食う量も明らかに増えた。体は意識的に動かすようにしている。
「でもまゆみちゃんさ、ルームシェアし始めた頃と比べるとかなり量食べてくれるようになったよね」
「えっ……ふ、太った?」
「いや寧ろもうちょっと体重増やした方がいいんじゃない? 身長高いし。大丈夫だよ、まゆみちゃんはスリムだよ。モデルさんみたい」
「それはあからさまにお世辞すぎる……」
「嘘じゃないのに」
 味噌汁の栗を丁寧に口に運びつつ行祓はまた笑った。……栗と、牡蠣と、柿か。「俺、今日だけで半年以上寿命上乗せされた」そう呟くと、「おめでとう」なんてちょっとずれたお祝いが返ってくる。
「一緒に長生きしようね」
「おー……?」
 ……なんかそれは、……ん? それは、おかしくねえ? 一緒に長生きしようって、そんな、まるで。
「お前何も考えずに喋ってるだろ……」
「え? まゆみちゃんが長生きできるのはいいことだなーって考えながら喋ってるよ」
「あっそ……そりゃどうも……」
 なんだこれ、変に意識した俺が一人で恥ずかしい奴だったってだけか? 釈然としない。今のは絶対こいつの言葉選びがちょっとアレだっただろ?
 まさか本人に言えるわけはないので誰にするともつかない言い訳を内心で呟く。
 プロポーズに聞こえるだろ、とか。
 思ってしまったのは、俺のせいじゃない。……俺のせいじゃないからな。お前も長生きしてくれよ。

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