羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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「ぐあー……やばい、超幸せ。こんな望み通りになっていいのか? もしかして一生分の幸せの前借り? 知らない間に悪魔と契約でもしてた?」
「ははっ! なにお前、そんな面白いこと言う奴だったっけ」
 本当に楽しそうに笑う朝倉。眩しすぎる。
「……朝倉ってもしかして女神様かも。きらっきらしてる」
「こんなオトコマエ捕まえて女神はねえだろ」
 呆れたような顔で笑う表情まで眩しい。ああもう、幸せ。
 キスをしようと顔を近づけたら朝倉は一瞬だけ自分の唇を舐めて、準備をするみたいに僅かに口をひらく。唇を合わせるとすぐさま舌が咥内に入り込んできたので、告白をしたあの日との随分な違いに驚いた。……自分の予期しないこととか、不意打ちとかが嫌なんだろうな、多分……。
 というか朝倉キス上手すぎ。なんでこんな舌が自由自在に動くんだ。
 人数経験の差をまざまざと見せつけられて少しだけ落ち込む。いや、昔の恋人に嫉妬なんて無益だって分かってるんだけどな。なかなか割り切れない。
「……おい、何考えてんだよ」
「ん、え?」
「恋人が目の前にいんのに上の空とはふざけてやがるな」
「いや、上の空っていうか、でもお前のこと考えてたんだよ」
 慌てて弁解する。朝倉は途端に上機嫌になって、「かわいーとこあるじゃん」と笑った。暫し笑い合って、二人一緒にベッドから上体を起こし並んで座る。
「俺は、割といつもお前のことばっかり考えてるよ」
「は? な、何言ってんだ……」
 朝倉は僅かに耳を赤くして、拗ねたような声音で「……俺のこと、って。俺、お前が何考えてるのかずっと分かんなかったんだけど。一緒に遊びに行ったりだってしたのに」と言う。
「ああ、あの辺りは……うーん、朝倉のこと好きだなあって、毎日思ってた。今もそうなんだけど」
「ぅえっ?」
「俺、結構アピールしてたつもりだったんだけどな。お前全然気付かないし……」
「全部恋人ごっこのつもりでやってんのかと思ってたんだよ」
 だって俺は女じゃねえし、と朝倉は唇を尖らせる。俺が特別鈍いわけじゃない、って顔だな、これは。でも、俺だって朝倉が途中から俺を好いてくれていたのに気付いていなかったのだからお互い様か。
 朝倉も、途中までは諦めようとしていたと聞いた。
 だから、ライブの帰りにあんなことを言ってきたのだろう。
『お前の好きな奴も、お前のことちゃんと……好きになってくれると、思う。俺、応援してるから』
 朝倉のこの言葉を聞いたときの俺の気持ちを分かってもらえるだろうか。好きな奴本人に恋路を応援されるとか、もう、あれだろ。望みが無いだろ。
 実はあのときの、俺が朝倉に「話しておきたいこと」というのはまさに俺が朝倉を恋愛的な意味で好きだってことだったのだが、言う勇気がぺしゃっと潰えた。それどころか、やっぱり言わない方がいいんじゃないか、これ以上傍にいてもいつか我慢できなくなってしまうんじゃないか、なんて思ってしまって。
 今思い返してみればあの朝倉の台詞は、俺への好意がきちんとあるから言ってくれたというのが分かるのだが。俺だって、まさか恋愛としての意味で好かれているとは思わなかったから当時はとにかくショックだったんだ。
 そのせいで、変に避けてしまって朝倉を傷付けたのは今でも後悔しているけれど。
「朝倉が一人で抱え込むタイプじゃなくて本当によかった……」
「どういう意味だよ」
「いや、俺たち結構すれ違ってたからさ。朝倉があのとき、ちゃんと話してくれたから今こうしていられるんだなって」
 ありがとう、と言うと朝倉はとても嬉しそうにした。さっきまで拗ねていたのに、表情がくるくると変わるので見ていて飽きない。
「白川も、俺に対して思ってることはちゃんと言ってくれよ。お前、ただでさえ表情に出ねえんだから」
「そうかな。朝倉には、情けない顔ばっかり見せてる気がする」
 朝倉はそこで、口を噤んで何やら言いよどむそぶりをした。と、こちらの耳元に唇を寄せて、小さく囁く。
「……俺にだけ、そういう顔もいっぱい見せて」
 眉のちょっと下がった、はにかむような笑顔。いつも周りの友人たちに見せている笑顔とは違う。俺だけが見られる表情。俺だけのために朝倉が考えてくれた言葉。全部嬉しくて愛しくて、俺も返事代わりのお願いをする。
「朝倉も……そういう可愛いこと言うのは俺にだけにしてくれよ」
 どんどん我儘になる。独占欲が出てくる。俺だけが見られる表情に、優越感だって覚える。
「可愛いこと? お前、こういうのが好きなの?」
「朝倉が言ってくれるならなんでも嬉しいよ」
「……今度白川と鍾乳洞行きたいって言っても嬉しいか?」
 覚えててくれたのか、嬉しいよ。そう言ったら、「インパクト強すぎて忘れらんねえだろ」と可笑しそうに返される。朝倉はそこで続けて、「じゃあ……抱いてほしい、って言ったら、それも嬉しい?」と呟く。
 条件反射的に頷きそうになって、すんでのところで気付く。朝倉の手、震えてる。表情も、隠そうとしているんだろうが強張っているのが分かった。
「……嬉しい、けど。今日はやめとこう」
「え……なんで」
「だって、不安そうな顔してる。ゆっくりでいいよ。朝倉が、ちゃんと安心して俺とそういうことしたいって思えるようになるまでいくらでも待つから」
 朝倉が自分で外したシャツのボタンを、怖がらせないように優しく閉めていく。
「……俺に抱かれてもいいって朝倉が思ってくれたこと、嬉しかった」
 正直な気持ちを吐き出すと、朝倉は「お前ほんとずるい……」と言って俺の方に倒れ込んでくる。思わず抱き締めて首筋に頬を寄せて、ピアスの冷たさに慌てて我に返った。危ない危ない。
 手触りのいい茶髪を撫でて心を落ち着ける。時間はたっぷりあるのだし、ただ朝倉を見ていただけで過ぎていた時間に比べれば今は幸せで幸せで、こういう雰囲気ももう暫く噛み締めていたい。
「はー……幸せ」
 思わずしみじみと声に出すと、朝倉が笑ったのが振動で分かった。
「たぶん俺の方がお前よりもっと幸せだ」
 なあ、朝倉。分かってるか?
 お前がそう言ってくれるっていうのが、何よりの幸せなんだよ。ありがとう。
 これからも、ずっとよろしく。

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