羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 結局互いに熱が治まらず二回目に突入したりなんだりでとてつもなく濃い時間を過ごすことになった。弟が外泊してる日でよかった……と安心しながら気を失ったと思ったら、目が覚めたときには後始末も全部終わっていて。目が覚めて真っ先に好きなひとが視界に入るの、こんなに嬉しいんだなって感動した。片付け手伝えなくてごめんねと謝ったら逆に「無理させてしまってすみません」と言われてしまった。
「恥ずかしながら、やっぱり抑えがきかなかったです……」
「や、十分紳士的だったよ。こんなに優しくしてもらえるなんて俺びっくりしちゃった」
 マリちゃんはほっぺたを赤くして「次はもっと頑張るので」と小さく言った。心臓がきゅうきゅういっている。これがときめきってやつ?
 幸せに浸っている俺に、マリちゃんはこれからの話をしてくれた。これからも一緒に生きていくという話を。
「ところで……順番が前後してしまったのですが、ご家族の方にご挨拶をと思っています」
「挨拶?」
「おれたち家族になるんですから、ご報告に行きましょう」
 どきっとする。ちゃんと家族に紹介してもらえるんだ、俺。マリちゃんにとって俺は、家族に紹介してもいい存在なんだ。
 俺の方は何も文句のつけようなんて無い。こんな優しくて、素直で、育ちのいい良家の息子さんだもんな。マリちゃんならどこに行っても諸手で大歓迎されることだろう。と、そこまで考えて気付く。
「あ……ごめん、俺の親どっちも海外にいるんだよね。全員揃ってだとすぐには難しいかも……」
 申し訳ない気持ちになってしまったのだがどうやらマリちゃんのお父さんも海外で仕事をしている方らしく、日程は改めて調整してくれるようだ。正式な顔合わせは両家だけでするけど、いとこのお兄さんたちにもきちんと紹介したいとかで一度マリちゃんの家にお招きにあずかることになった。マリちゃんの家はどうやら、二世帯がそれぞれ同じ敷地内で暮らしているっぽい。
「遊びに来るくらいの感覚で大丈夫なので。よければお昼でも召し上がっていってください、もちろん弟さんが一緒でもいいですし」
 マリちゃんはおそらく俺を気遣って『遊びに来るくらいの感覚で』と言ってくれている。有難いけどその気遣いに甘えすぎるわけにはいかないなー。
 いい機会だしせめて見た目はちゃんとしよう。そう思ったんだけど……マリちゃん的には髪を黒くするのもピアスを外すのも必要ないみたい。髪を一時的にでも黒く戻そうか相談したら、普段のままでいいじゃないですか、って笑われてしまった。
「あなたはあなたのままでいてください」
「ほ、ほんとに大丈夫……?」
「ええ。だっておれは、そのきらきらした金髪も赤いピアスもセツさんによく似合っていて好きなので。セツさんが黒髪が好きで染め直すならいいんですが、おれの家族に会うためにそうさせてしまうのは本意ではないです」
「うう……マリちゃんだいすき……」
「おれも好きですよ。ふふ」
 首筋を撫でられる。そこにはきっと、俺からは見えないけれど噛み痕があるはずだ。
「……おれと共に人生を歩んでくれるのはどんな方なんだろうって、ずっと思っていたんです」
「そう……なの?」
「はい。おれの家、基本的にお見合い結婚なんです。母には双子の姉がいて、どちらも婿養子をとりました。もしかすると、セツさんにお会いしていなかったらおれも今頃お見合いで相手が決まっていたのかもしれません」
 べつにそのことに疑問を抱いてはいませんでしたが、そうなる前にあなたに会えてよかったです。マリちゃんはそう言ってはにかんだ。歳相応の、可愛らしい笑みだった。
「セツさんにもまだお相手がいらっしゃらなかったのは運が良かったなって思います」
「あー、Ωの相手って割とすぐ決まるもんね」
 自らが望むと望まざるとにかかわらず、そうなのだ。襲われて番が成立してしまうこともあるし、発情期の辛さに耐えられず進んで相手を捜す奴もいる。二十代半ばも過ぎて自分の意思で独り身をやっていられるΩというのは、相当自己管理がしっかりしているか周囲の奴らに恵まれたか運がよかったかのどれかだ。俺はどう考えても二番目。
「……あ。そっか、もう発情期そんな酷くならないんだ」
 改めてそのことに気付いて声が弾んだ。別に発情期を抑えるためにマリちゃんと番になったわけじゃないけど、それはそれとして長年苦しめられてきた生理現象が和らぐと思うと嬉しい。無差別に誰かをひきつけるなんてことが起こらなくて済む。
「セツさん、とても嬉しそうです」
「やー、この体質でこれまで迷惑かけっぱなしだったからさ。弟にも随分世話させちゃったし――あ、世話って普通のだからね!? 洗濯とかそーいうやつだから!」
 分かってますからだいじょうぶですよ、と宥められてしまった。恥ずかしい。こういうところで育ちの良し悪しが出るのかも。
 マリちゃんはもう一度俺の首筋に唇を寄せて、ちゅ、と肌を触れ合わせた。なんだろ、これ、すっごく大切にしてもらってるみたい。嬉しい。ちょっと心臓が苦しくて、でも心地いい感じがする。
「ここ、痛くないですか?」
「痛くない、よ。へいき」
 吐息が首筋にかかってひくりと腹筋が震えるのが分かる。肌の上を滑るマリちゃんの手に、また体が熱を持ちそうになる。
「っね、マリちゃん……あんまり触られると、むずむずするから」
「あ、す、すみません……嬉しくて、つい」
 お互いに真っ赤になっているのがなんだかおかしくて思わず笑ってしまった。こんなに心が揺さぶられたセックスは初めてだ。でもそれだけじゃなくて、この子と一緒なら普段の何気ない生活もきっと特別なものになる。
「……俺、これまでずっとΩに生まれちゃったこと嫌だったんだ」
 表情の翳るマリちゃんに慌てて続きを言った。「でも、マリちゃんに会えたから今まであった嫌なこと全部帳消し。寧ろプラスの方が断然多いよ。……きっとさ、俺、マリちゃんに会うためにΩだったんだ」恥ずかしすぎることを言った自覚はあったのですぐ目の前の体に抱きついて、顔が見られないようにする。
 ああもう。他人の匂いにここまで安心するなんて。
 マリちゃんは俺のことを気遣ってか、無理に俺の顔を見ようとはしてこなかった。その代わりに、俺の髪をゆっくり撫でて、ただ抱き締めるままでいてくれた。
 きっとマリちゃんに出会ってから、俺の人生丸ごと好転してる。そんな風に確信する。一体どんな心変わりだよ、って同僚とかには笑われそうだったけど、それでもいいくらい幸せに満ちている。
 好きだよ、と呟いた。独り言みたいなものだったのに、おれも好きです、と返ってきた。
 あんまり幸せすぎて涙がこぼれた。顔を見られてなくてよかったな……なんて、俺はひっそり思う。
 とりあえず。マリちゃんの家族にご挨拶する日まで、頑張って正座の特訓しよう。あとは、食事のマナーもちゃんとしたやつ勉強しないと。
 ――人生ってこんな、幸せな悩みで溢れてたんだな。

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