羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

INFO / MAIN / MEMO / CLAP


 甘い物食べに行こう、と八代が笑って言うから、お前甘い物苦手だろ、という言葉は飲み込んだ。
 そいつに先導され連れてこられたのは甘味処。ちょっと色褪せた感じの木の内装は落ち着いた雰囲気で、照明も白ではなくほんのりとオレンジ色をしている。まだ昼過ぎだが、奥まった店内は薄暗く、涼しい。
「お前、ケーキとかだと自分で作っちゃうしそっちの方が美味いしさー、じゃあ和菓子だったらいいかなって思って」
「こういうとこ知ってるんだな、意外だった」
「ふふん、取引先の人におすすめ聞いちゃった」
 得意気にしている八代は、「あ、みたらし団子ある。オレこれにしよっかなぁ」とメニューを指で追っている。
 こいつが普通に自分の好みにのっとって生きるなら。こういう店を知る必要も、訪れる必要も、無いのだろう。けれどこいつはわざわざ誰かに尋ねてまで自分じゃ全然興味無いはずの店を探してくれるし、一緒に行こう、って言ってくれる。
 もちろん、こいつも甘い物が一切だめってわけじゃなくて、少量なら美味しく食べられるというのは知ってるけど。わざわざ店に行って食べるほどじゃないっていうのも、知ってる。だったらこれは、正しく全部俺のためだ。
「っつーか、いきなりどうしたんだ?」
「ん? ほら、ホワイトデー! お返しするって言ったじゃん。仕事の関係でちょっと遅れちゃいましたが」
 ああ、そうかホワイトデーだ。当日はバレンタインデーほどじゃなくても忙しかったからすっかり記憶から抜け落ちてた。お返しするね、って言われてたんだったなそういや。
 ありがとう、と言って思わず手を伸ばした。座席が奥まった場所にあったからできたことだ。そっと髪を撫でて、梳いて、ひとまずはそれでおしまい。八代はとても嬉しそうに、「続きしてくれてもいいよ?」と言った。なんつーか、反応が素直すぎて構い甲斐があるんだよな。構われ上手だ。流石末っ子。
 八代はみたらし団子とあんみつで最後まで迷って、最終的にみたらし団子を選んだようだった。俺は、せっかくなので季節によって内容の変わる上生菓子と小さなお汁粉のセットにしてみることにする。お茶はサービスでついているらしい。
 程なくして注文したものが一斉に届いて、まずは温かいものから……とお汁粉に口をつける。餡子も手作りしている店のようで、とても上品な味がした。うーん……実は俺も作ってみたいんだよな。どこかで習えないだろうか。
「美味しい?」
「うん、美味しい。ありがとな、連れてきてくれて」
「どういたしまして! よかったー。えへへ」
 器に入ったみたらし団子をスプーンですくって食べた八代は、「あ、美味しい」と嬉しそうだ。お茶と交互に口に運んで、口の中が甘ったるくならないようにしているらしい。
「八代」
「ん? なに?」
「これ食う?」
 お汁粉とセットでついてきた塩昆布を示すと、そいつは喜んでそれを食べた。やはり、そろそろ塩気が欲しかったようだ。「いっつも思うんだけどさー、なんでオレが考えてること分かるの? エスパー?」と不思議そうにしている。これくらい、もう長く一緒にいるんだから分かると思うんだけどな。
「お前だって、ちょっと考えればすぐ分かると思うぞ」
「んんー……?」
 軽い気持ちで言ったらなんだかこちらをものすごく凝視してきた。いや、見すぎだろ……視線を感じつつお汁粉にまた口をつける。優しい甘みだ。真剣な表情をしている八代がちょっと面白かったのも相まって、つい口元が綻ぶ。
 すると、そいつはぱっと笑顔になったかと思えばにんまりとその笑顔の種類を変える。なんなんだ、一体どうした。
 テーブルの向こうから上体を乗り出して、そっと、囁くような小さな声をあげた。
「ちゅーするのは、帰ってからね?」
 驚いた。別に内心を言い当てられたから、ではない。あまりにも突拍子の無い発言だったからだ。こいつは一体何を受信したんだよ。勉強できるくせに時々発言がめちゃくちゃばかだな……でもそういうの、可愛い……と、思う。正直なところ。
「ん。帰ってからな。ありがとう」
 敢えて否定はせずにお礼を言う。まあ、こうやって言われたことでその気になってきていることだし結果オーライだろう。俺は帰ったらこいつにキスするだろうし、こいつはそれを受け入れてくれるはずだ。
 ……っつーかこいつ、『帰ったら』って……泊まってくつもりか? だったら、夕飯はこいつの好きなものにしてやろう。

prev / back / next


- ナノ -