羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

INFO / MAIN / MEMO / CLAP


「今日は『にゃんにゃんにゃんの日』なんだけど」
「うん? ああ、二月二十二日だからか」
「そういうこと。タイムラインに猫耳がどんどん流れてくる」
 すいすいスマホを操作する奥は、複数のアカウントを日々使いこなしているらしい。おれにはちょっとよく分からない世界だ。
「奥ってそんなに猫好きだったか?」
「んー? まあ動物は割と好きだけど、お前ほどじゃない。っつーかお前んとこかなり広いのにペットいねえのが意外だった」
「池に鯉はいるよ。そもそも真希さんと美希さんがあまり動物得意ではないからね……世話が行き届かないとペットにとってもよくないとかなんとかおっしゃっていた」
「お手伝いさんいるのに?」
「そういうのは主義に反するそうだよ。『思い出したときだけ可愛がるようなのはだめ』だって」
 おれもその意見には賛成だ。けれど、犬とか飼ってみたかった気もするなあ。一緒に走れたら楽しいだろうな。まあ、それこそSNSで流れてくるペットの画像を見ているくらいがちょうどいいのかもしれないが。
「犬もかわいいけれど猫もかわいいなあ……どっちもいいなあ……」
「どっちか選ぶとしたら?」
「え、ううん……どっちか……そうだね、やっぱり一緒に走れそうだから犬がいいな。大きくて優しい犬がいい。おまえは?」
 軽い気持ちで聞いたのだが奥は意外にも長考した。うん? どうしたんだ。
「…………、……蛇?」
「蛇……」
「遼夜は犬でも猫でもない感じ」
「おれの話は今はしていない……し、蛇はちょっと傷つく……」
「だよな、お前蛇より強そうだもんな」
「おい、わざとなのか」
 かわいい動物に例えられるような外見ではないと分かっているけれど、それにしたってちょっとひどいだろう。
 奥は、なんというかリスとハムスターの中間……くらい。文句なしにかわいい。瞳がくりくりしててかわいい。撫でたくなる。そのくせ不用意に撫でると噛んでくるタイプ。ああでも猫でも犬でもいいな……というか見た目がかわいいともうなんでもいいみたいな感じにならないか? 最終的に。顔のかわいいやつ、なんでも似合うよ。
「奥は顔がかわいいね……」
「ん? 俺の猫耳想像した?」
「いや、別にしていないけれど」
「お前なら許す。お前以外にはキレる」
「沸点が低すぎる……じゃあ試しに何か猫っぽいこと言ってみてくれ。頑張って想像するから」
「にゃんにゃんにゃんの日にかこつけてセックスしようと思ってたのに脱線しまくって戻れなくなったからとりあえずヤらねえ? にゃー」
「語尾が雑すぎる! 言ってることも極悪すぎる!」
 これで致せると思われてるおれはこいつにとってどれだけちょろいやつなんだよ……。びっくりしてしまった。
「お前滅多に大声あげねえのにその貯金ここで使ってよかったのか? にゃー」
「首を傾げるなよあざといなあ……普通にかわいいから怖いよおまえ……」
 下心丸見えというか隠しもしないのにそれでもかわいいの、すごいぞ。特技と言って差し支えない。さっきからどんどん距離を詰められているのは気のせいだと思いたいけれど、もう全然気のせいで片付けられないくらいに顔が近いんだよなあ。
 と、そんなことを思っていたら軽くキスされた。予想通りというか、予定調和というか。
「にゃんにゃんしようぜ。死語だけど」
「んんん……そうだな、断る理由は……ない、かな」
 上手いこと丸め込まれている気がしないでもないが、おれはなんと言ってもこの顔に弱い。自覚している。現に目を細めて満足そうに笑う奥を見ていたら、とてもしあわせな気持ちになってきた。
 我ながらお手軽だと思いつつ、奥の髪をそっと撫でる。
 べつに猫耳は幻視できなかったけれど。
 このかわいさは本物なので、もうなんでもいいかな……と思ったりした。

prev / back / next


- ナノ -