羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 高槻の顔が好きだ。全体的に甘くて柔らかそうな色合いなのに何故だか普段はちょっとキツそうに見えるところとか、オレ的に文句のつけようのない目鼻口の完璧配置とか、歯並びのよさとか、えーと……他にも色々。
 基本的に高槻は無表情。それに無愛想。でも、接客のときはそうじゃない。特に、自分の本性を知られていないような当たり障り無い他人にはそれはもう整った作り笑いをする。ちょっと仲良くなってくると猫を被る必要性がなくなるからまた無愛想になって、もう一段階気を許すとそれはもうあまーい笑顔を見せてくれるようになる。一旦懐に入れた人間に対しては基本的にゲロ甘。こいつはそういう奴。
「……見すぎ」
 つらつらそんなことを考えていると、呆れたような声と共に視界を塞がれた。体がちょっとだけベッドに沈む。ふっふっふ、寝る前にいちゃいちゃしよっか?
「今日も完璧に整ってるなーと思って見てた」
「お前だって綺麗な顔してると思うけど」
「またまたぁ、褒めても何も出ませんよ」
「お世辞じゃねえよばか」
 暗かった視界がひらけて、高槻の顔がすぐ近くにあったから思わずにっこりしてしまう。するとそいつは何が面白かったのかふっと眉を下げて笑った。
「あ、今の笑い方お父さんに似てるね」
「……、あっそ」
「照れんなよ」
「べ、つに照れてはいねえよ……」
 ほんとかな?
 ぱっと見そっくりなのに慣れてくると実は全然似てないってことが分かって、というか雰囲気が全然違って、それなのにふとした仕草はやっぱり親子だな、って思う。オレは完全に母親似なんだけど、同じような感じなのかなー。どうなんだろ。
 黙ってると雰囲気が鋭く感じる高槻と比べたとき、涼夏さんって尖った部分が何もなさそうでふわふわ柔らかい感じ。もしかして高槻も、十年二十年経ったらあんな感じになるのかも。
「……? 何黙ってんだ?」
「いやあ、お前の将来っつーか未来に思いを馳せてた。歳とったら涼夏さんみたくもっと雰囲気柔らかい感じになるのかなーって」
「……お前勘違いしてそうだから言っとくけど、あいつだって同年代の友達とかに対してだとかなり態度雑だぞ」
「えっマジで。どんな感じなの」
「……、こんな感じ」
 そこで自分を指差しちゃう辺りお前相当アレだよね。
「っつーかお前だって、例えば小学生くらいの子供に対して同年代相手にするときと同じような態度はとらねえだろ」
「それは確かにね。ちゃんと小さい子用に優しくすると思うよ」
「あいつもそれと同じことやってるだけ」
 その言い方がちょっとつんとした感じだったので、あれっ? と思う。「……高槻?」「なんだよ」んー、やっぱちょっと変。一瞬だけこっちを見てふいっと視線を逸らして、高槻は黙ってしまった。でもあんまり気まずい沈黙ではない。怒ってる……わけじゃ、なさそう。
「たかつきー、どうしたの」
「別にどうもしねえよ」
「…………えいっ」
「う、っわ」
 思いっきり隣にのしかかって二人一緒にベッドへと倒れる。すかさず耳元に唇を寄せるとびくっとして固まってしまったので、これ幸いと話を続けた。
「どしたの、なんかご機嫌ななめ?」
「…………べつに」
「全然『別に』って顔してないくせに……あ、さてはオレが涼夏さんと仲良しなのが羨ましいとか?」
 睨まれた。そんな顔もカッコイイ。なんだかんだ高槻ってオレに対してそんな本気で怒ったりとかしないから、安心してるっつーか油断してるっつーのはある。
 のほほんとそんなことを思っていると、ぎゅ、と鼻をつままれた。んんん? これは本格的におかしいぞ。
「お前、他の男の話をしすぎ」
「はい?」
「…………、俺より親父の方がいいなら、そっち行けば……」
 ちょっと悲しそうな、拗ねたような声音に思わず「ええー!?」ってバカみたいな声をあげてしまう。高槻はものすごくびっくりしたみたいで、訳が分からないって顔をしていた。
「何、もしかして嫉妬!? オレにじゃなくて!? なんで!?」
「なんでがなんでだよ……お前マジで俺をなんだと思ってんだ」
「割と手遅れ感のあるファザコン……?」
 完全に無表情になってしまった。やばい、睨まれるより怖い。オレは慌てて「ご、ごめん」と降伏する。
「だって、前に奥の話題とか出たときも別に嫉妬とかじゃなくて『雰囲気壊れるからやめろ』みたいなニュアンスだったじゃんお前……」
 高槻は嫉妬とかしない奴だと思ってた。いつだってやきもきするのはオレの方で、こいつのちょっとした言葉や行動にいくらでも舞い上がったり落ち込んだりしちゃって、こいつはそんなオレに呆れたみたいな顔で笑いかけて髪を撫でてくれる。その逆は無い、っていうのがいつものオレたち。
 だってこいつに勝てる奴なんてそんじょそこらにいないでしょ、色々な意味で。やきもちの焼きどころが何も無いでしょ、どう考えても。
 ――と、そこまで考えて気付く。
「あ、そっか……ごめん高槻、お前ほんとにほんとにお父さんのこと好きなんだね」
「は?」
「優しくてなんでもできる自慢のお父さんだもんね」
 もしかして、こいつがトータルスペックで唯一「敵わない」って思ってるのが涼夏さんだからじゃない? これはいい線いってると思うんだけど、どう。
 持論を展開してみるとやはりそこまで的外れってわけでもなかったらしい。ものすごーく不満そうな表情でオレのことを見てきた。意地でも口に出して肯定しない辺り頑固だな。

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