羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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「今日は冬至なので、夕飯はかぼちゃをいただくんです」
 冬至。冬至ってなんだっけ、確か一年のうち一番昼間が短くなる日? そんな日には、どうやらかぼちゃを食べるのが慣わしらしい。既に冬休みに突入しているマリちゃんが会いにきてくれて、ちょっと話し込んでたらもう日が傾きかけていて、思わず「最近日が沈むの早いね」って言ったら冬至の話になった。
「かぼちゃって、煮物?」
「はい、たぶん今年もそうだと思います。家では毎年食べてますね」
「なんかいいね、そういう季節にあやかるみたいな」
「兄さんがかぼちゃお好きなので……あと、行事に乗っかるのもお好きみたいなので。おれの家、わりとそういうのは多いですよ」
「あー、なんだっけ、ゆず湯? あれも冬至だったよね確か」
「そうですね。不思議なんですけれど、お湯だけのときよりも湯冷めしにくい気がします」
 ゆずの入った風呂、いい匂いしそう。色々な温泉が集まってる施設ってたまにゆず湯あったりするよな。俺が行ったことあるとこだと露天風呂とか牛乳風呂とか、……檜風呂とか?
 初めてマリちゃんに会った日のことを思い出してしまった。そして我ながらあのときは図々しすぎたなと改めて……。お風呂まで用意してくれたマリちゃんちの人たち、めちゃくちゃ優しいわ。
 なんだか恥ずかしくなって黙ってしまう。ふと隣を見ると目が合った。微笑まれて心臓がきゅうっとなる。
「……俺も、今日の夕飯かぼちゃにしようかな……」
「あ、いいですね」
「まあ、この家にかぼちゃ無いから買いに行かなきゃなんだけど」
「もしよければおれ、ご一緒したいです」
「ついてきてくれるの?」
「はい。……ふふ、急がないとお仕事に行く時間になっちゃいますね」
 マリちゃんは立ち上がって、こちらに手を差し出してくる。……合ってるかな? と思いつつその手を取ると、ぐっと引っ張られて抱きしめられた。
「行きましょう、セツさん」
「あ、ありがと……」
 どうしよう、調子に乗ってゆずも買っちゃうかもしれない。今からスーパーに出かけて、煮物作って、仕事に行って帰ってくるのは日付回った頃……だと思うけど。でも明日は休みだから、ほかほかのかぼちゃの煮物を味わって、風呂溜めていい匂いのお湯にゆっくり浸かるのもいいだろう。
 普段はあんまりかぼちゃって買わない。買わないし食べる機会もあんまり無い。それはきっと暁人も同じで、だから今日あいつが帰ってきたときにキッチンに用意された煮物を見たら何を思うだろう、なんて想像してみるのはちょっと楽しい。でも、それがマリちゃんの影響だとバレるのはかなり恥ずかしい。……あー、あいつ、ゆず湯は喜びそうだな。漫画みたいじゃんってテンション上がりそう。
「セツさん、なんだか楽しそうですね」
「ん? うん、マリちゃんがいいこと教えてくれたから……かな?」
 俺の言葉にふわりと微笑んでくれるマリちゃんが愛しい。玄関で靴を履いて、気持ちに急かされるように外へと飛び出した。日の傾きかけた冬の空の下は寒かったけれど、道に長く伸びる影法師と白い息のコントラストが綺麗だ。
 今日は、離れた場所にいてもマリちゃんと同じものを食べることになるんだな。
 そのことに唐突に思い至って嬉しくなった俺は、やっぱりゆずも買おう……と決意を固く持つのだった。

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