羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 今日の高槻はコロッケを作るらしい。隣で見てていい? と聞いたら頷いてもらえたので、あんまり煩くして邪魔にならないようにしないと……と思いつつ隣に立つ。因みにだけど、こんなに近くに立ってても高槻が料理に関してこちらに手伝いを求めてくることはほぼ無い。たまーに、『悪い、冷蔵庫から牛乳取って』って言われるくらい。
 ランチの付け合せで余っていたらしいマッシュポテトはひき肉玉ねぎと一緒に既にコロッケのタネの形になっている。今の高槻はというと、かぼちゃを念入りに裏ごししているところだった。
「っつーかそれさっきも同じことやってなかった?」
「ああ? 何?」
「裏ごし」
「何回か漉した方が舌触りがなめらかになるだろ。まあ自己満足かもしんねえけど」
 あー、確かにかぼちゃってそのまま入ってると繊維質が気になるかも? その食感が好きな人もいるんだろうけど。それにしたって一回やればそれで十分なんじゃないのかとオレみたいな奴は思ってしまう。大変じゃないのかな。
「面倒になったりしない? そういうの」
「面倒な部分を省いたら味が落ちる。そもそも省いて同じ味になるなら世の中のレシピは全部それで統一されてるだろ……」
「なるほど。それもそうだね」
「別に時間の短縮は悪くねえとは思うけどな、俺みたいに料理する時間がたくさんあるような奴ばっかじゃねえし。でも同じ材料使って作るなら俺は美味い方がいい」
 高槻は手際がいいから、手間をかけても費やす時間が少なめで済んでいるのかもしれない。何回見てもこのマルチタスク脳というか複数のことを同時進行できるのすごいと思うよ。オレはひとつのことに集中すると他がどうでもよくなっちゃうタイプだし、やってることを不可抗力で中断されるのはイラっとする。高槻はというと、急な電話や来客で作業をストップさせられても余裕で愛想笑いできる奴なのだ。料理をしながらオレのどうでもいい話に相槌を打って、そのとき話したちょっとしたことをちゃんと覚えててくれる。なんならオレの方が忘れてる。
「よし、こんなもんか」
「……あれっ!? え、いつの間に終わったの?」
「お前そこでずっと見てたんじゃなかったのかよ……」
 つらつらと考え事をしてふと気付いたときには、かぼちゃの裏ごしどころか他の材料ともすっかり混ぜ終わって後は成形するだけ、というような状態になっていた。いや、相変わらず素晴らしいお手並みで……。
 にしても、この状態で既に美味そうだな。
「食う? ほら」
「え、いいの? ありがとー」
 スプーンに一匙すくってもらってそれを食べる。つまみ食い、行儀悪いけどわくわくしますね。
 鮮やかなオレンジ色をしたかぼちゃは優しい甘さだ。確かに舌触りはなめらかで、なんだろう、ちっちゃい子供でも食べやすいだろうなと思った。ほら、じゃがいもとかかぼちゃとかってそのままだと喉にひっかけちゃったりするじゃん。ふと気付いたんだけど高槻の作るものって、美味しいだけじゃなくて食べる人に優しいんだよね。ずっとさくらちゃんのために料理してきた名残かなあ。
「高槻の作るものは今日も美味しいし、優しいね」
「それ後半味の感想か……? ありがとう」
「うん。あれ、そっちにまだかぼちゃ残ってるのは何?」
「これはかぼちゃのポタージュ作る用」
「かぼちゃ尽くしだ……。オレさあかぼちゃってなんか甘ったるくてちょっと苦手だったんだけど、お前の作ったのは美味しいんだよね。なんでだろ」
 知ってるよ、今日は冬至だからかぼちゃ料理作ってるんでしょ。店のメニューはかぼちゃのグラタンだった。オレが米食いたいって言ったから、わざわざコロッケ作ってくれた。ここだけの話、こいつの料理を食べるようになってから嫌いな食べ物が格段に減った。
 高槻は、オレの言葉に呆れたように笑う。
「当たり前だろ、俺の料理はお前の好みが基準になってんだから」
「え、さくらちゃんじゃなくて?」
「まあ確かにさくらも甘いものあんま食わなかったけど……今はお前のために作ることが一番多いし。お前はもっと俺に愛情かけられてるって自覚を持て」
 返事をするより先にちゅーされた。返事は特にいらないっていう意思表示だったのかもしれないけど、ここまで言われちゃ黙ってるわけにはいかない。さてどうやって愛情表現しよう……と口を開いたところで。
 きゅうう、と間抜けな音が鳴った。……腹の音だった。オレの。
「……ふ、急いで作るから待ってろよ」
「笑いこらえなくてもよくない!? せめて盛大に笑ってほしいんだけど! 仕方ないじゃん今日昼メシ食ってないんだから!」
「まーたお前は目ぇ離したらすぐに不規則な食生活しやがって! ああもう」
 やべっ、怒られる。オレはすかさずお腹すきました長時間は待てませんよオーラを出して高槻に作業の続きを促す。ため息をつきつつ手は止めない辺り優しい。
「お前がここに来るならちゃんと作ってやるから、しっかり食えよ」
「これからも通わせていただきます……」
 またまたいつの間にか後は揚げるだけの状態になっていたコロッケに驚きつつ、料理する高槻の横顔を眺める。
 その表情がとても柔らかかったので、オレはそれだけで満足だった。

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