羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

INFO / MAIN / MEMO / CLAP


「さて問題です。冬至といえば何をする?」
「……ゆず湯に入る……?」
「正解っ! だけど惜しい、風呂はおれの領分じゃないからね。おれにできるのはこっちかな」
 行祓に手を引かれるままキッチンに誘導されて、そこで見つけたのはこれまでの人生で初めて目にする料理だった。……いや、これは……? 料理カテゴリなのか甘味カテゴリなのかすら自信が無い。
「煮物……?」
「ん? ああ、いとこ煮っていうんだよ。かぼちゃと小豆のいとこ煮です。材料が材料だから結構甘め」
 いとこ煮……芋と豆でなんか親戚っぽいからいとこ煮なのだろうか。もしかしなくとも他にちゃんとした理由がある気はしたが、ここではあまり追求しなくてもいい話だろう。今大切なのは、このいとこ煮とやらがどんな味なのか、だ。
「ごはんのおかずって感じじゃないけど夕飯に出そうと思って。実はさっきちょっと味見してさ、かぼちゃも小豆もほくほくで美味しかったよ」
 これは甘いけどちゃんとしょっぱいおかずもあるからね、と笑う行祓。どうやら和風の味付けが得意であるらしい……ということくらいは、いい加減分かるようになってきた。こいつは例えばパスタを作ることになったとして、カルボナーラよりもあさりの和風パスタを食卓に並べるタイプなのである。
「……ちょっと味見してみる?」
「えっ」
「なんか、興味津々って目してるから……もしかして初めて食べる? これ」
 そんなに物欲しそうな目をしていただろうか、と恥ずかしく思いつつ頷くと、行祓は笑って小皿を取った。鍋を菜ばしで探ると、下の方はまだ十分温かいようだ。
 いただきます、と言うと、何故か行祓まで一緒に声を揃える。首を傾げた俺に、そいつは「まゆみちゃんのいとこ煮初体験をいただきます、って意味だよ」と嬉しそうな表情を見せた。
 こいつの恥ずかしすぎる言葉選びにもそろそろ慣れてきた。……いや、嘘だ。全然慣れない。恥ずかしい。照れを誤魔化すように自分の箸を取り、鮮やかなオレンジ色のかぼちゃを一口サイズに割る。ほっくりと割れた部分から、湯気と一緒にかぼちゃや小豆自身の甘さと醤油の混ざり合った匂いが立ち上った。
 せっかくなので小豆をかぼちゃの上に乗せて、一緒に食べてみることにする。噛み締めると想像していたより塩気があってちょうどいい甘さだった。かぼちゃの煮つけは勿論食べたことがあるけれど、それとはまた少し違う趣だ。
「ん、うまいよ」
「よかった! ひき肉とか入ってたらもっとご飯のおかずっぽくなるんだろうけど……これね、今日食べると風邪ひかなくなるんだって」
「冬至?」
「そうそう」
 最近寒いから気をつけないとね、と行祓は楽しげに頷いている。そういえば実家にいるときは、こういう習慣はあまり無かったな、と思った。暦に合わせて料理を食べるとか、そういうの。正月に雑煮は食うけど、七草粥までは作らない――くらいの家庭だった。
「……来年はゆず買ってくるか」
「お風呂に浮かべちゃう?」
「うん」
 楽しみ、と笑うそいつの言葉はきっと本心だ。俺も、本心から言ったことだったから嬉しい。
「ごちそうさま」
「うん。夕飯はあと二時間くらい後で大丈夫?」
「大丈夫。俺洗濯物取り込んでくる」
「いってらっしゃーい」
 追加でまだ何か用意してくれるつもりらしい行祓をキッチンに残して俺はベランダに出た。ぴゅう、と冷たい風が吹く。思わず首を竦めたものの口の中や胃が温かいのでそこまで辛くはない。
 はあ、と息を吐く。
 それが思ったよりも白くて、それを行祓に早く報告してみたくなってしまった。

prev / back / next


- ナノ -