羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

INFO / MAIN / MEMO / CLAP


「あああーもう恥ずかしかった……」
「でも、改まって話すよりは自然でよかったんじゃないかなって思います」
 大牙くんたちと別れた後、俺はベッドの上につっぷしてマリちゃんからの慰めを受けていた。まだ顔が熱い気がする。まさかあのタイミングで見られるなんて予想外だ。もうすっかり二人だけの時間だと思って油断していた。
「マリちゃんごめんね、嫌じゃなかった……?」
「え、どうしてですか? おれは別に全然……それに、大牙たちのことも教えてもらえたので」
 これからは堂々とセツさんの隣に座れますね、と嬉しそうな顔をされてしまって、思わずじたばたしたくなる。
 それはもう盛大にばれてしまったので大牙くんたちには開き直って暴露しておいた。そしたら向こうからも衝撃的な秘密を打ち明けられたりして、めちゃくちゃ濃い時間を過ごした気がする。
 正直言うと、うかれていたのだ。マリちゃんと泊まりで遠出、ってそんな機会これから先も滅多に無いだろうと思ってたし、寝ても覚めても一緒にいられるなんて夢みたいだった。それに、さっきマリちゃんが俺の髪の色のこと褒めてくれたのが嬉しかった。いつだったっけ、マリちゃんのいとこのお兄さんが、俺に対するマリちゃんの言葉をこっそり教えてくれたけど――改めて本人の口から聞くと、ああ、ほんとに好きでいてくれてるんだなって心臓がぎゅっとなった。
 マリちゃんになら、どこにいてもすぐ見つけてほしいよ。
 男、しかも八歳も年上の人間が口にするにはあまりにも女々しい願いだと思った。でもマリちゃんは自然に無理無く俺の気持ちを掬い上げてくれて、俺は俺のままでもいいんだ、受け入れてもらえるんだって思わせてくれる。
 そんなことを考えてたら色々とたまらなくなって、ついキスしちゃったんだけど……結果オーライと言っていいんだろうか、これは。
「マリちゃん……」
「はい、なんですか?」
「あの、嫌じゃなかったらでいいから……こっち来て、ほしい。抱き締めてもいい?」
 マリちゃんは静かにこちらのベッドに移動して、寝そべったままの俺をぎゅうっと抱き締めてくれる。力、強いなあ。カッコいいね。
 ガラにもなくどきどきしてしまって、鼓動の速さがバレてしまったらどうしようなんてちょっと心配。こんなに毎日好きだなんて、自分で自分に驚く。驚くし、嬉しくなる。
「ふふ、誰かと同じ布団に入るってとても久しぶりな気がします」
「小さい頃ってどうしてたの?」
 ちょっと悩むような表情をされたので、「俺のことは気にしなくていいよ」と笑いかける。抱き締めてくれている腕に力がこもるのが分かった。……安心させようとしてくれてるの? 優しいね。
「……おれの家は、みんな割と早くから一人で寝ていたんです。ああ、でも、途中までは姉さんと同じ部屋でした。寝る前母に本を読んでもらった記憶がうっすらあって……」
 いいね、愛されてるって感じがする。そんなことしてくれる親、ほんとにいるんだ。
「ふ、俺もさ、暁人に寝る前本読んでやってた時期あったんだよ? これで賢く育つかなーと思ってわくわくしてたんだけど、あいつ今じゃほぼ漫画しか読まねーし」
 くすくすと控えめに笑ってくれるマリちゃん。とってもかわいい。
 にしても懐かしいな、小さい頃の暁人のお気に入りはとにかく派手で騒がしいハッピーエンド系の話だった。ちょっと悲しい感じの終わり方するやつだと結末に文句をつけ始めるのだ、あいつは。
「おれの兄も、昔はたまに本を読んでくれることがありました」
「いとこのお兄さん?」
「はい。純粋に読み聞かせるだけなら姉さんの方が上手だったんですけど、兄さんは自分で考えた話を聞かせてくれたりしたんです」
「え、すごい! いいねそういうの。俺も自分で考えたりとか上手にできればよかったんだけどなー。暁人がさ、自分の気に食わない結末だと文句言うんだよ。『人魚姫』とか『マッチ売りの少女』とか」
「ちょっとさみしい終わり方ですもんね。おれは、そういうのも好きですけれど」
「そのままで楽しんでくれればいーのにって何度も思ったけど。『マッチ売りの少女』とか、確か最終的に少女が炎を操ってドラゴンを倒しに行く話になっちゃったし……」
「全然別物ですね……」
 ほんとだよ。情緒っつーもんがねーんだよなあいつは。
 つい楽しくて喋りすぎてしまった。マリちゃんを夜更かしに付き合わせるのもよくないだろう。もういいよ、という気持ちでそっとマリちゃんの目元に唇で触れる。初めてのときは緊張したけど、こうやって自分からちょっと唇をくっつけるくらいならできるようになってきた。舌を入れるのはまだ早いかな、って思ってる。俺の心臓がもちそうにない。
「……ベッドが広かったら、一緒に寝られたかもしれないですね」
「えっ」
 そ、それってどういう意味? 寝るだけ? 寝るだけだよね?
 マリちゃんはいつもみたいに優しく笑って起き上がったから、何も聞かないことにした。「おやすみなさい。よい夢が見られますように」マリちゃんがたまに口にする、詩的な言葉遣いが好きだ。綺麗で、丁寧で、何度でも聞きたくなる。優しいな、って思う。
 ……別に、このベッドでだって一緒に寝てもよかったのにな。
 言えたら何か違ったかな。
 いつもと違う環境で、いつもと違う何かが起こる予感に心がそわそわしている。いや、今日の時点で既に色々起こったけど。それはもう起こりまくったけど。それはそれとして。
 俺は、部屋の電気を消してくれたマリちゃんに「ありがとう、おやすみ」と返事をした。
 明日、寝坊しないようにしないと。できればマリちゃんより早く起きて、身嗜みは整えておきたいな。
 寝起きとか見られるの、ちょっと恥ずかしいから。

prev / back / next


- ナノ -