羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 それは四人でカラオケボックスに入ったときのことだった。そもそもなんで四人でカラオケかというと、奥と津軽がやっててオレもたまーに触る程度のゲームがカラオケとコラボするとかで、それがどうやら凄まじい人気で一人客の予約を受け付けていない、かつ、コラボアイテムを貰うためにフードやドリンクを頼む必要がある……らしく、要するにオレと高槻は頭数合わせに誘われたのである。
 コラボアイテムが十五種類あるからとりあえず一人四種類なんでもいいから片付けてくれ、と奥に言われて、何言ってんだこいつ……みたいな顔してた高槻はそれでも素直に食事とデザートと飲み物を二種類注文してあげていた。あまりにも優しい。オレはというと、飲み物が甘いやつばっかりなことに辟易してしまい無心で一番マシそうなお茶を飲んでいる。
 なお、純粋なカラオケ以外の代金は奥と津軽で折半してくれるらしいのでオレたちの懐は痛まない。奥的には市場調査的な意味もあるみたい。津軽はというと、純粋にこういう企画のコラボメニューが好きとのことだった。味がどうこうとかではなく、『キャラクターモチーフの食事ってなんだかわくわくするよね』なんだとか。
 そんな折、せっかくカラオケに来たんだから飲み食いしてるだけではなく歌わないとな、という話になり。奥が神妙な面持ちで言った。
「心を込めて歌います。聴いてください」
 は? と思う暇も無く何故か奥がずいっとマイクを差し出す。高槻に。そして自分もマイクをスタンバイ。
 え、何、意味が分からない。何が始まるの?
 混乱しているオレに横から何かが渡される。……マラカス?
「タンバリンとどちらがいいかな?」
「待って待って、説明ゼロ? 嘘でしょ?」
 津軽がにこにこしているので押し切られるかたちでマラカスを鳴らす。シャカシャカしている間に前奏が始まって、なんなんだこの空間……と思いながら絶対一緒に歌ったりとかしないだろと思ってた二人が一緒に歌っているのを聴いた。

 高槻は歌がめちゃくちゃ上手い。地声はそんなに高いわけじゃないのに謎に音域が広くて、なんつーの、ファルセット? あれも綺麗。本人曰く楽譜は一切読めないらしいけど、大体の曲を原キーでさくっと歌うしおまけにハモれるし声量もある。なんか、甘いんだよね。歌ってるときの声が。オレにそう聞こえてるだけかもしれないけど。
 そして、奥も上手い方だと思う。あんまり歌ってるとこ聴く機会無かったけど、今こうして聴いてみると上手い。歌ってるといつもよりマイルドな印象になるね。猫がちゃんと被れているというか。
 混乱してたから選曲全然見てなかったけど、どうやら某アイドルユニットの歌……みたいだ。割とベタな恋愛色強めの歌で、ああこれライブとかで歌ったら女の子が盛り上がるタイプの曲だなー、という感じ。パート分けしてきっちり最後まで歌いきって、二人はぷちっとマイクのスイッチを切った。
 津軽がぱちぱち拍手しているのでオレもマラカスをシャカシャカ鳴らしておいた。上手かったけど、この空気はなんなんだ……。
「高槻、説明求めてもいいタイプのやつ? これ」
「あー……いや、なんか津軽が……?」
 そうだ、奥がワケ分からないこと始めるときって黒幕というか理由が大体津軽なんだった。話を聞いてみると、たまたまオレがいないときに津軽たちが高槻の店に来て、この曲を歌っているアイドルグループの話になったらしい。退店間際の客の着信音が津軽の耳に残るメロディだったとかで、その曲を知ってた奥のスマホでPVの鑑賞会をした。
 で、津軽の何気ない『こういうの、おまえたちがやったら絵になるだろうなあ……』を叶えるタイミングが今日だった、と。
「はあ……いいものを見た、いいものを聴いた」
 津軽はタンバリンを持ったままほくほくしている。こいつも大概面食いだよな。整った顔が好きなのだ、要するに。綺麗なものが好きで綺麗なものを見るのが好きで、生き物だろうが景色だろうが無機物だろうが基本無差別。ファッションモデルのすらっとした脚を見てもオーロラの写真を見ても玉虫を見ても同じようなテンションで『わあ、きれいだね』って言うのである。
 まあ津軽の些細な発言を拾って叶えちゃう奥も奥だけどね? 巻き添え喰らってそれでも付き合ってあげる高槻は優しすぎるけどね!?
「遼夜は男女問わずアイドルが好きなんだよ」
「えっマジで言ってんの!? 初めて聞いたんだけど!」
「アイドルっつーかドルソンとかのPV? あれが好きなんだと」
 奥はさっきべた甘な恋愛ソングを歌ってる最中も津軽のことをガン見だった。今はというとほくほく顔の津軽を幸せそうな目で見ている。はあ……まあ、幸せそうなことはいいことだよね。
「奥はともかく高槻はなんで津軽の言うことなら割と聞くの……? 実は弱味でも握られてる……?」
「なんでだよ」
「だってオレがスーツ着てって言っても着てくれないじゃん!?」
「こいつの頼みごとは割と簡単に叶えられるしたまーにだからな。お前は我儘ポイントを毎日少しずつ使ってるっつーか……それに、今回のは交換条件だし」
 交換条件?
 鸚鵡返しするより先に、また前奏が流れ始める。あ、この曲知ってる――と思っていたら、マイクを取ったのは津軽だった。
「おれも、身を切ることを厭うてはいられないからね」
 妙に改まった口調で言った津軽が歌い始めて、オレは驚くと同時に首を捻る。あれっ、津軽って……こんな、歌上手かったっけ?
 申し訳ないんだけどそもそも歌うようなイメージじゃなかったし、国歌とかならまあ分かる……って感じだった。歌うにしてもバラード系だろ、とも思ってた。でも、意外や意外。今津軽が歌っているのは、かなり激しめの――邦楽ロックだ。
「津軽ってこういうの歌うんだ……? ちょっとイメージと違うっていうか百八十度違う……」
「確かにイメージとは違うけど。こいつの声質にはゆっくりな曲よりこういうのが合ってるんだよ、こいつリズム感いいから難しい曲調でも大丈夫だし……だから試しに歌わせてみた」
 納得してしまう。だって、実際合ってるなーって思ったから。ギャップ狙えるよこれ。めちゃくちゃカッコイイじゃん。というか、こんな大声あげてる津軽がもうその時点でかなりレアだよ。
 歌いきった津軽は、「うう、恥ずかしかった……」と言ってマイクを置いてタンバリンを持った。タンバリンが気に入ったのか?
「まさか本当に歌うとは思ってなかった」
「だってどうしても二人で一緒に歌ってほしかったんだ……ペンライトもうちわも振りたかったんだ……」 
「お前のそういうとこは割とマジで意味分かんねえよ……」
 流石の奥も、「遼夜って基本的にファン気質なんだよな……」と過去の色々を思い出しているのか遠い目をしている。津軽ってあんまり人に何かを要求することは無いのに、そのたまーの要求がなんかずれてるよね。まあ遠慮されるのは寂しいけど。
「津軽の面食い……」
「ええ? それおまえにだけは言われたくないなあ」
「分かってんだからな、お前のそのオレに対する微妙な塩対応ってお前がオレの顔全然好みじゃないからでしょ」
「お互い様じゃないか」
「……うん。そうだね」
 お互い様だね。
 でも別にオレは高槻に対してペンライト振りたい願望ねえよ。
「分かった分かった、言い方変えるわ。人の恋人にあんま無茶振りすんのやめて!?」
「ん、んん。それは確かにそうだな。配慮が無かった、すまない」
「えっそこでそんな聞き分けよくされたらオレの心が狭いみたいじゃん……もうちょっとごねてから最終的に納得してよ……」
「……。高槻、おまえよくこんなわがままなやつとやっていけてるな」
 嘘!? 呆れられた!?
 津軽は優しいけど甘くない。オレにだけ。そういうところもお互い様だ。
「あーもう、じゃれてねえでこっち来い。今度気が向いたらスーツ着てやるから」
「ううっ、宥められてる……! でも見たい……今度っていつ?」
「ん? んー、親父が仕事休みの日……?」
「……え、なんで。一応聞くけど、なんで」
「俺スーツ持ってねえんだって。成人式欠席したしスーツ着る仕事じゃねえし誰かに借りねえと」
 な、なるほど……なるほど、うん。お前さ、ホストにしか見えなくなるからスーツ嫌だって言ってたくせに本職の人に借りるの? バカなのかもしれない。
「ピアスは? ピアスする?」
「勘弁しろよやっとホール塞がったのに……」
 じーっと見つめると軽いため息。「……まあ、それも、考えないこともねえけど」おっ。これはオレの勝ちかな?
 マイクを手渡されて、勝手に曲を入れられた。あー、なに、これくらいはしろよって意味? いいよいいよ、オレ今かなり機嫌回復したから任せてよ。
 オレにぎりぎり出せるか出せないかの音域の曲をチョイスしてくる辺り若干の仕返しも入ってるんだろうけど、そこは広い心で受け入れよう。オレ、声低いからあんまりハイトーンの曲は歌えないんだよね。
 普通に歌ってもちょっと掠れた感じの声になっちゃうオレ。でも、高槻は何故か満足そうに笑ってくれたので別にいっかなーと思う。奥も津軽もいつの間にか完全に自分たちの世界に入り込んじゃってるし、オレは思いっきり歌うだけだ。
 カラオケなんていつぶりか忘れたけど、こうやってたまーに来ると楽しいな、って思った。
 ね、高槻。次はオレとも一緒に歌おうね。

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