羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

INFO / MAIN / MEMO / CLAP


 ある日一緒にテレビを観ていて、何の気なしに「あ、この人髪を切ったんだね。よく似合っている」と言ったら「……こういう人が好き?」と返ってきたのでちょっと焦った。恋人の前で、デリカシーの無い発言だっただろうか。
「……せっかくだしここらではっきりさせておきたいんだが、冬眞くんって嫉妬とかするタイプなのか? というか、そうだとしたら男女どっちが対象なんだ」
「えっ……そんなめちゃくちゃ言いづらいことをさらっと……」
「こういう話題は嫌かい?」
「んーん……嫌っつーか、引かれそう」
 重いし鬱陶しい、とまた勝手に落ち込んでいる冬眞くんの頭をよしよしと撫でる。なんというか、自分で言ったことに自分で落ち込むのは冬眞くんの芸風みたいなものなので、変にあれこれ言葉をかけるよりも黙って抱き締めたり軽いスキンシップをとったりする方が立ち直りが早いのだ。
 現に、冬眞くんの声はもう暗くはない。もにょもにょと言いづらそうにしながらも、こちらに聴こえるように声をあげる。
「なんだろ……んー、嫉妬するとしたら、やっぱり女だと思う」
「え、そうだったのか」
「そうだろ。だってオレは男だし、やっぱり女がいいって言われたらもう何も言い返せない。オレは女にはなれないから」
 なるほど、覚えておくことにしよう。女性のことを話題にするときは気をつけないとなあ。
「アンタは嫉妬とかしなさそうだな」
「そう見える?」
「だって、自分に自信があるだろ」
「少なくともこと恋愛に関しては初心者だということを忘れないでくれよ? ……まあ、あなたがどこぞの俳優に熱をあげていたら妬けるかもしれないね」
 冬眞くんは意外そうな表情だった。「妬く?」「だってあなた、好きな人が自分以外に対してきゃあきゃあ言っていたらちょっと面白くない気持ちにはなるだろ?」こくり、と頷いた冬眞くんは、しかし対象が男性であることになお首を傾げているらしかった。
「ほら、おれはあなたの恋愛対象が男性だということを知っているし……そもそも冬眞くん、自分に好意を持ってる女性は苦手だろう」
「あ、あー……オレが相手にしない確証があるから別にほっといていいやみたいな感じ?」
「そうだね」
 だって冬眞くん、女性に対して完全にフラットだ。好きな女優とかアイドルとかも特に……らしい。普段そういう話題のときはどうやって切り抜けているのかと思えば、男性うけのいい人と女性うけのいい人を一人ずつ挙げておけばどうとでもなると言っていた。処世術というやつだね。
「ふうん、そうかそうか。ためになった」
「何を学んだっつーんだこの話で……?」
「あなたを悲しませてしまう要因はひとつでも少ない方がいいじゃないか。そういうことだよ」
 どうやらこの返答は正解だったらしく、嬉しそうにしている。好きなひとが嬉しそうにしているのはよいものだ。おれも嬉しい。
「幸い、女性の少ない会社だし……あなたを悲しませるようなことにはならないはずだよ」
「いや別に近づくなとかそこまでは言わないけど……っつーか、んなこと言われるとオレの方が気を付けようが無いだろ。周り男ばっかなのに」
「ふは、実はね、あまり心配はしていないんだ。大丈夫だって分かっているよ」
「な、なんで?」
 本気で気付いていないらしい冬眞くんである。おれは愉快な気持ちになって、同時にちょっと誇らしい気持ちもこめて囁く。
「だって冬眞くん、ものすごく分かりやすいのだもの。おれのことが好きだっていうのがだだ漏れというかなんというか……」
「はあ!? そっ、そんっ……な、ことは、あるかもだけど……!」
「そこで否定しないんだよなああなたは! ふふ、嬉しいね。好きだよ」
 真っ赤になってぷるぷるしている冬眞くんの額にキスをして、今日もまた愛を伝える。好きだよと言って、抱きしめて、髪を撫でる。
 すぐ不安になってしまう可愛らしい恋人が、不安に思う暇なんてなくなるように。

prev / back / next


- ナノ -