羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 水曜は午後しか講義が無いのでベッドシーツを洗濯しよう、と今週が始まってからずっと思っていたのに、あいにくの雨だった。なんだか出鼻をくじかれた感じで気分が落ちてしまう。行祓はそんな俺を見て苦笑い。「まゆみちゃんがそんな不機嫌そうにしてるの珍しいね」と言ってくる。
「洗濯したかった……」
「おれ明日講義入ってないからやっとこうか? まゆみちゃん一限からでしょ」
「……んー」
 有難くはあるがそれでは家事を分担している意味が無い。相手に寄りかかってばかりのルームシェアではいずれうまくいかなくなるだろう。
「週末にやる……俺の役割だから。ありがとう」
「そ? まゆみちゃんって真面目だねえ」
 じゃあそんなまゆみちゃんを元気付けるためにおれが一肌脱ぎましょう。行祓はそんなことを言って、何やら冷蔵庫の方へとぱたぱた移動する。手をかけたのは中段。冷凍庫だ。
「じゃーんっ、見て見て」
「ん? これ……」
「アイスキャンディでーす。ほら、最近急に暑くなったじゃん。梅雨入りしてじめじめしてるし、ちょっとでも涼しい気分になりたいなーと思って」
 差し出されたのは製氷皿だった。けれど製氷皿の中身はただの氷ではなくて、色鮮やかなアイスキャンディ。きちんと持ち手の木の棒が刺さっていて、ふわりと果物の甘い匂いがする。
「ふふふ、まゆみちゃんがアイスクリームよりもシャーベットが好きなのは調査済みだよ」
「え、俺そんなこと言ったか? 確かにシャーベットの方が好きだけど……」
「だってケーキよりも果物が好きでしょ。去年もさ、冬だからラインナップ薄くなってるのにわざわざコンビニはしごしてまでシャーベット系のアイス選んでたし。でもかき氷は食べないんだよねえ、不思議」
 ぜ、全部ばれてる……。
 暑くなるとアイスクリームよりシャーベット、シャーベットよりもかき氷が売れるようになるらしいというのを昔テレビで観たことがある。つまり寒くなる冬はその逆で、シャーベット系のアイスを冬のコンビニで探すのって割と難しい。なんだかんだと理由をつけてコンビニをはしごしたの、行祓は俺の本当の目的が分かってたんだな。
「今ひとつだけつまみ食いしちゃおうよ。たぶんね、綺麗にできてると思うから」
 内緒話をするように小さく囁く行祓。こんな風に、当たり前みたいな顔で時間と労力を使ってくれることが恥ずかしい。とても嬉しい。こくりと頷くとそいつは嬉しそうに笑った。
 普段は醤油を入れる用の小皿に、アイスキャンディをひとつずつ製氷皿から落とす。俺は、全貌を現したそのアイスキャンディを見て思わず、何のてらいも無く「うわ、綺麗だな……」と言ってしまった。
 アイスキャンディは凍らせる前は液体なはずなのに、どうして持ち手の棒が真っ直ぐ刺さってるんだろう、となんとなく不思議だったけど、理由が分かる。
 そのアイスキャンディは、フルーツがたくさん埋め込まれていた。きっと製氷皿にジュースか何かを流し込む前に、カットしたフルーツを入れておいたのだろう。だから木の棒も倒れず自立していたのだ。
「桃とか葡萄とかは旬がもうちょい先だから今回はお休みだけどね」
「えっと、何が入ってるんだこれ。オレンジと……」
「緑っぽいのがメロンで、赤っぽいのがさくらんぼ。マンゴーもちょっとだけ。生で食べるのがいちばん贅沢だと思うけど……まあ、たまにはいいよね?」
 ちゃんと生で食べる用も残してあるから、それは夕飯の後のデザートにしようか。そう言われて俺はただ頷くことしかできない。めちゃくちゃ手間かかってるじゃねえか。見ると、アイスキャンディの表面がじわりと解けかけていたので慌てて皿の上から救出する。
「行祓……ありがとう。いただきます」
「ん、おれも食べちゃおうっと。いただきまーす」
 小さいアイスキャンディだったのでちまちま食べていると木の棒の部分から割れてしまいそうだ。ちょっと勿体ないけれど一口で放り込むことにする。想像していたよりもずっとしっかりとした味がして、うまい。きっと行祓のことだから、ただジュースを流して固めただけではないのだろう。ただの百パーセント果汁のジュースじゃない味がするし。
「むむっ、若干不安だったけどなかなかおいしくできてるんじゃない? どうかな」
「うん。うまいよ。これ、小さいからちょっとつまみたいときに丁度いい」
「そう言ってもらえると作った甲斐あったね! 元気出た?」
 めちゃくちゃ元気出た。ありがとう。
 しかもこれ、俺が落ち込んでるの関係なく作ってくれてたんだろ。そういうことを当たり前にやってもらえることがあまりにも有難い。俺も行祓に喜んでほしいけど、シーツの洗濯じゃ足りる気がしないんだよな。
「週末、晴れるといいね」
「晴れるんじゃねえの、きっと」
「てるてる坊主作る?」
「ふは、お前そういうの信じる派?」
「ゲンは担ぐ派かも。あと、てるてる坊主の顔を頑張って描いてるまゆみちゃんはかわいいんじゃないかなと思って」
「何言ってんだ」
 思わず笑ってしまう。こいつと一緒に作るなら悪くないかもしれない、なんて思ってしまう。口の中からアイスキャンディの味の余韻がすっかり消えてしまっても、なんだか甘酸っぱさを感じる気がして不思議だった。
 今日は雨で残念だったけど、行祓に喜んでもらえるようなことをゆっくり考えるのには悪くない天気だろう。
 次は、晴れるといいな。

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