羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 玄関に到着する三歩手前で、鍵の開く音がした。
「孝成さんお帰り! ごめんね、牛乳重かった?」
「や、平気。ただいま……っつーか、よく分かったな俺が帰ってきたの」
 潤は俺からコンビニの袋を受け取って、牛乳を冷蔵庫にしまう。ふにゃふにゃとした口調で、「静かに待ってると、帰ってくる孝成さんの靴がコツコツってする音聞こえるんだぁ」と笑うそいつ。文句なしに今日も好きだ。
 今日は同期と飲んでいて夕飯を一緒には食べなかったのだが、帰り際に『孝成さん、帰りに牛乳買ってきて! フレンチトーストが食べたいです!』とメールが入った。あまりの元気の良さについ笑ってしまって、同僚に突っ込まれないかひやひやしたものである。
「にしても突然だったな。フレンチトースト」
「さっきテレビで、なんかすごいホテルのフレンチトーストのレシピ紹介されてて……一晩漬け込まなきゃいけないから、今から準備するね!」
 言うが早いか、パン屋で一斤丸ごと買って置いてある食パンをめちゃくちゃ分厚く切っていく潤。これは、明日の朝食かなり豪華になりそうだ。
 俺が帰ってくるのを今か今かと待ち構えていたんだろうなあ、と思うとどうしようもなく愛しくなってくる。静かに、ソファにちょこんと座って、時折玄関の方を気にして……そんな様子が思い浮かんだ。
「孝成さんはフレンチトースト好き?」
「あー、わざわざ自分からは食わねえけど割と好きだな。でも朝飯にするんだったら甘いのだけだとちょっと……」
「じゃあソーセージと目玉焼き焼くね。あ、ベーコンもあるよ? どっちがいい?」
「じゃあベーコンがいいな。ブロックのやつ美味かった」
「はぁい」
 今日も潤は笑っていて、新しいことを試すのに楽しくてしょうがないという様子だ。今のこいつには毎日やりたいことがたくさんあって、楽しいこともたくさんあって、些細な「これやってみたい」ってことを叶えられる環境にある。
 それはとても嬉しいことで、きっととても貴重なことだ。
「なあ、お前もう風呂入った?」
「まだだよー。お仕事で疲れてるひとが先!」
「今日、一緒に入ろうぜ」
「えっ!」
「それ、準備終わるまで待ってるから」
 急ぐから待っててね、先に行かないでね、と必死な様子の潤に、「ちゃんと待ってるっつの。怪我しないように落ち着いてやれよ」と返す。飲み会からの帰りを寝ないで待っててくれて、こんな風に惜しみなく「好き」を表現してくれるこいつ。
 明日の朝は少しだけ早起きして、フレンチトーストを作るこいつを横で見ていたいな……と、なんとなくそう思った。
 ……風呂ではしゃぎすぎないようにしないとな。

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