羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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「んっ……ぁ、こら、奥」
 休日前夜。手持無沙汰だったので恋人の胸を揉んでいたら優しく叱られた。名残惜しく思いながらも手を離すと、呆れたような表情を向けられる。
「もう。……以前から思っていたのだけれど、おれの胸板触って何が面白いんだ? おまえ」
「え、なんかもちもちしてるし俺はすげえ楽しいけど」
「いやそんなわけないだろう。胸筋だぞ」
 正気に戻れ、と言われて釈然としない気持ちだ。気は確かだっつーの。
 いくら筋肉でも常日頃からばっきばきなわけねえだろ。力抜いてりゃそれなりに柔らかい。後はまあなんつーか、和装ってあまりにも胸元に手突っ込みやすすぎるんだよな。責任転嫁とかではなく。……責任転嫁とかではなく。
「でも気持ちいいだろ?」
「誰のせいだ……」
 否定しない辺り、俺ってめちゃくちゃ甘やかされてるなと思う。「手塩にかけて育てた甲斐があったな」と言うと、「……ばか」なんて可愛らしい抗議の声が聞こえた。
 最初、「え、そんなところ触ってどうするんだ……?」と困惑していた遼夜をなんだかんだ丸め込んで乳首で感じるように手間暇かけて開発した俺、かなりいい仕事してたと思う。自分で自分を褒めたい。ここ数年で色々試してみたけどここが一番伸びしろあったな。……とか言うとまた拗ねられそうだ。
「せめて一言断ってから触るべきじゃないか? マナーとして」
「え、真正面から聞かれて『いいよ』って言うのお前恥ずかしくねえの? 一応気を遣ってたつもりなんだけど」
「なんでおれが『いいよ』って言う前提なんだよ」
「……言ってくんねえの?」
「…………、……いいよ……」
「遼夜って案外学習しないよな。そこも可愛いけど」
 よしよし、と髪を撫でてキスすると、珍しくふてくされたような表情をしている。ふに、と頬をつままれる感触がして、「はあー……おまえはどんな極悪なことを言っているときも顔がかわいい……」と失礼なんだか何なんだかよく分からないことを言われた。
「極悪ってお前」
「だってこのままなし崩しに致すつもりだろう、おまえ」
「だめ?」
「だ、か、ら、おれの返答を誘導するのはやめなさい」
 俺さあ遼夜がたまーに年下に言い聞かせるような口調になるの好きなんだよ。やめなさい、とか、だめだよ、とか、優しく窘められるの正直興奮するわ。ヤッてる間はその澄ました口調が崩れるのもセットで好き。半泣きでやだやだって必死に訴えてくるところ、最高。ありがとう。
 思い出したら本当にヤりたくなってきてしまって、キスをして舌をそっと差し入れる。遼夜もなんだかんだその気になってくれていたのかすぐに応えてくれるのが嬉しい。ちゅ、ちゅ、と何度もキスをすると、合間に控えめな吐息が漏れる。天然で反応がエロいというかなんというか、抑えようとしてると逆にクるよな。
「ふ……ぁ、んむ」
「は、やっぱお前が世界で一番可愛い」
「おまえの目、五年前からずっと曇りっぱなしだな……おれとしては有難いけれど……」
「そこは素直に喜んどけよ」
「んっ、ぁ、も、照れ隠し、だから……」
「分かってるけどさ」
 こいつ自分の外見にコンプレックスがあるみたいなんだけど、俺から見たらめちゃくちゃかっこいいし最高に可愛いんだから拗ねないでほしい。俺まで拗ねたくなる。
「……奥はかわいいね」
「ん? 何が?」
「好きなことをしているときのおまえは、瞳がまあるくなってきらきらしていて、とてもすてきだよ」
「お前それ何度も言うよな」
「何度見てもすてきだからね。でも残業続きでちょっとくたびれているときも、心配なのだけれどなんとなくすきだなあ。好きなアニメをリアルタイムで見られなくてしょんぼりしているのもかわいいよ。拗ねた顔もかわいい」
「人のこと言えないくらいに遼夜の目も曇ってねえかそれ?」
「かわいい顔はずるいんだよ……毎回負ける……」
「また勝ってしまった」
「うるさい」
 ちゅ、と抗議のためのキスをされて白旗だ。ちょっと拗ねてたのバレたんだろうなこれ。まあ、いつもより弱ってる様子が可愛く見えるっつーのは分かる。目病み女に風邪引き男ってやつ。
 寝間着代わりの浴衣が乱れて、俺に触ってほしそうに見えたので遠慮なく手を伸ばす。もう何度もやっていることなのに、毎回初めてみたいな恥ずかしそうな表情を向けてくるからたまらない気持ちになるのだ。
「遼夜」
「ん……どうした?」
「俺の目が一番きらきらしてんのってどんなとき?」
 こいつの瞳には、そのときの俺がきっと一番魅力的に見えているのだろう。気になって尋ねてみたそれに、遼夜は言いよどんだ。俯いて、目元をほんのりと赤くして、「……自惚れてもいいか?」と小さく囁く。俺は間髪入れずに頷いた。微かな、羞恥を含んだ笑い声が耳元に寄せられる。
「――おれの書き上げた原稿を取りにきて真っ先に読んでいるときのおまえが、一番だよ」
 これめちゃくちゃ恥ずかしいな! 否定はしないっつーかできねえけど!
 ちょっと、あの、『セックスしてるとき』とか『一心不乱に胸を揉んでくるとき』とか若干引きつつ言われたらどうしようって不安を一瞬でも抱いた俺の立場が無いな。ごめん。お詫びにめいっぱい気持ちよくしてやるってことで許して。
 せっかくなら小道具にコップに入った麦茶でも用意しておけばよかった、夏だし。そんなことを思いつつ、俺は「……大正解」といかにも分かってましたって風に笑って、赤く染まった目元に触れるだけのキスをした。

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