羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 店の買出しの帰り、駅前の広場の隅に知り合いを見つけた。背が高くて、がっつり開いたピアスホールになんとなく親近感を覚えてしまうそいつは大牙の友達。たまーに店に来てくれる。髪を切ったらしく、遠目にもよく似合っているのが分かる。
 周囲に大人が何人かいたから、一体どうしたのだろうと思っていると、そいつと目が合った。
 ……なんか助けを求められてる目な気がすんだけど。
 こういう勘はまず外れない。急遽進行方向を変更し、心持ち歩調を速めてそいつのところへ行く。「悪い、待たせて」分かりやすくほっとしたような顔をされたからきっとこれでよかったはずだ。周囲にいた奴らには適当に、この後用事があるとか何とか言ってさっさとその場から離れることにした。
「す、すみません」
「別に。偶然通りがかっただけだ」
 俺よりもいくらか背の高いそいつが気まずそうに俯くのを見て、なんとなく要保護って感じがしたのでついでに店に連れて帰ることにした。今日は定休日だし、まあ、飲み物くらいなら出してやろう。囲まれてた理由は察しがついたしな。

「喧嘩とかなら適当に逃げるんですけど、ああいうのは躱し方が分からなくて……ありがとうございました」
 要するに雑誌の素人モデルとかそういう類の勧誘だったらしい。この辺りはどちらかというと田舎寄りの都会って感じでのどかなものなのだが、駅前にはちょっと大きい商業施設があって定期的にイベントが開催されていたりする。そういうときは人が一時的に増える。今日はたまたまそういう日だったのだろう。
 こいつは背が高いし人目を惹くから、ターゲットになった……ってとこか。
「由良とかは、かなり上手く躱すんですけど。俺にはちょっと無理」
 迷惑そうにするわけじゃなくて、でもきっちり断ってて、相手に嫌な思いをさせないような断り方ができてる――とあの人懐っこくて明るい高校生について思い出している様子のそいつ。あー、まあ、確かに慣れてそうだもんな。
「俺あんまり愛想よくないんで、断ろうとすると言い方きつくなりがちで……」
「ああいうのは無視すんのが一番手っ取り早いだろ。なに真面目に対応しようとしてんだ」
 結果的に断りきれてねえし。
「……でも高槻さんもさっき無視してなかったし」
「俺も別に断るのが下手じゃねえからいいんだよ。お前は下手なんだからさっさと逃げとけ。喧嘩と一緒の対応でいい」
 っつーか喧嘩売られたりすんのかよ。危ねえな。
 危ないときは警察行けよ、ここに来てもいいし……と言ってみる。するとどうやらこいつ、一時期素行がめちゃくちゃ悪かったらしくそのときの名残なんだとか。自業自得……と落ち込ませてしまった。人は見かけによらねえ。
「強いんだな」
「や、ちょっと格闘技かじってただけなんで……」
「格闘技?」
「ボクシング……」
 ボクシングか……ボクシング。あんまりいい思い出が無い。高校のとき、素行が悪い奴に喧嘩売られたことがあって確かそいつがボクシング部だった。苦い思い出だ。俺は別に不良でもなんでもないのに。悪目立ちしていたからよくなかったのだろうか。
 俺の実体験から言わせてもらうと、ボクシング経験者が一番やばい。もし喧嘩を売られたら即逃げることにしている。足がそこそこ速くてよかった。
「……なんでボクシング部の奴って揃いも揃って顔面狙ってくるんだ?」
「え、基本的にボクシングは下半身狙うの反則なんで……っつーか、何かありました?」
「ああ、いや、別に。長年の謎が解けた。ありがとな」
 よかった、ルール的なものだったのか。『てめぇのその顔面使い物にならなくしてやる』とか何とか言われたのは空耳だったのだろう。ところで使い物にならない顔ってなんなんだろうな。
 これまであまり会話をしたことがなかったが、どうやらこいつが少し人見知りってだけらしい。慣れてくると普通に受け答えするようになったので、とりあえず共通の話題として大牙の話を選んでおく。バイト中のあいつの様子を話してみると結構興味深そうに聞いていた。話題選びは間違ってなかったみたいだ。
「喫茶店でバイト、楽しそうですね」
「気が向いたらお前も来れば。シフトが昼跨ぐときはまかない付き」
「え、ここ万里もいるんじゃ……」
「うん。だからがっつり稼ぎたいなら向いてない。週一とかそれ以下でもいい奴向けだな。小遣い稼ぎくらい」
 ホールに一人顔のいい奴がいると何かと重宝するし。
 と、まあ、流石にこれは口には出さないが。こっちも別にボランティアでバイト受け入れてるわけじゃねえからな。優秀な高校生は単価が安くて助かるっつー話。
 そいつはどうやら俺の話を社交辞令として受け取ったらしく、「ありがとうございます」と軽く頭を下げた。
「たまに、飯食いに来ます」
「大牙のバイトの日に?」
「えっ」
「友達がいつもと違う雰囲気なのって結構気になるよな」
 なんかこいつ反応があからさまで面白いな……と思いつつ、あんまり長い間引き留めておくのもなんなので帰宅を促すことにする。丁度飲み物のグラスが空になったタイミングで、そいつも自然と立ち上がった。
「流石にもうさっきの奴らいないと思うけど、似たような奴に声かけられたら今度は無視しろよ」
「っす……お世話になりました」
 そいつは階段を下りる直前、振り返って一拍置いて、「大牙が……高槻さんのこと、店長っていうか近所の兄貴って言ってたのちょっと分かったかも」と呟いた。あー、俺があんまり敬語使われるの慣れてねえからかもな。あと、あいつ一人っ子だし。
 そいつは、もう一度ぺこりと頭を下げて帰っていった。最近の高校生、素直だな。最初は大牙だけだったのに、この店もなんだか随分と溜まり場的な様相を呈してきてしまった。まあ八代を筆頭に友達……友達がよく来るので今更っちゃ今更だが。
 元々そういう場所であれたらいいと思って店を始めたしこれでいい。
 来たら美味いものが食えて、ちょっといいことがあって、また来たいと思ってもらえる。そんな店を目指している。
 次あいつが来るときは誰と一緒だろうか、と予想してみる。
 来ないという選択肢を省くくらい思いあがってみるのも、たまにはいいだろう。

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