羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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「孝成さぁん、毎日暑いねえ」
 風呂上り、短パンとタンクトップというかなりの軽装でエアコンの前に立った潤は、「うー、エアコンちょっと埃っぽいかも? 明日掃除しようかな」と呻いている。惜しげもなく晒された白い手足がなんとなく直視できない。
 確かに今月になってから突然気温が上がって毎日暑い日が続いている。もう夏も本番といったところである。
「潤、直接風にあたったら具合悪くなるぞ」
「えー、でも暑いよ……あっ、孝成さんアイス食べよう? アイス!」
 ぱああ、と笑顔になった潤は俺が頷いたのを確かめるが早いかとことこと駆けていき、冷凍庫からアイスの箱を取ってくる。それはオーソドックスな円柱形の棒アイスだ。箱の中には桃とぶどうとパイナップルとりんご味があって、潤はりんご味を選んでいた。俺は桃味を箱からそっと抜き取る。
 潤は箱に入ったアイスを買いたがる。いわゆるファミリーパックというやつだ。理由は、きっと聞くまでもないだろう。一人一つ、というよりは、いくつも入っている大箱の中身を分け合うのが潤の好みであるらしい。微笑ましくもあり、ちょっぴり寂しい気持ちでもあり。こういうときはどうしても潤の過去に思いを馳せてしまうが、その寂しさに負けないくらい俺が楽しいことをたくさん一緒にすればいいだけだろう。
 ソファに並んで座ってアイスを食べる。「つめたくておいしいー」と笑顔の潤を横目になんとなくそわそわした気分を持て余してしまった。今日も可愛いなこいつ。
「前から気になってたんだけど、孝成さんは棒アイスかじる派なんだね」
「舐めてると舌痛くなってこねえ? 冷たくて」
「噛むと頭きーんってするよぉ」
 ちゅ、ちゅ、と会話の合間に潤がアイスを舐める音がして、そんなつもりはないのにやましい気持ちになりそうだ。無心でアイスを齧ると、しゃくしゃく音がするのが涼しげでいいなと思う。
 俺の気持ちを知ってか知らずか、潤はマイペースにアイスを楽しんでいる。こいつは食べるのが遅いからソフトクリームとかはすぐ手に垂らしてしまったりしているが、このくらいの大きさなら問題なく食べられるようだ。
「孝成さん孝成さん」
「ん? どうした?」
「おれ、今度は当たりつきのアイス買ってみたいな」
 まだまだ残っているアイスを舌先で撫でて、潤はそんなことを言った。あー、当たりが出たらもう一本食えるとかそういうやつ? いいんじゃねえの。あれわくわくするよな。滅多に当たらないって分かってても早く確かめたくてつい急いで食っちまったりとか。
「んー、でもそういうアイスって大体一本ずつしか売ってないっけ……おれ、孝成さんと一緒に食べたい」
「一人一本ずつのアイスでも一緒には食べられるじゃねえか。ほら、種類が違うやつは一口貰ったりとかできるぞ」
「分けっこできる?」
「できるできる。普段はコンビニのアイスばっかだけど、ちゃんとしたアイス屋とか行ってみるか?」
「! 三段のアイスある!?」
「ある。二人で分けたら六種類のアイス食えるな」
 はたして潤は三段のアイスを食いきれるのだろうかと思ったが、瞳をきらきらさせて喜んでいるのに水を差すこともないだろうとその懸念については黙っておく。贅沢にキッズサイズの三段アイスを買うのだって悪くない。
「当たりつきアイスも三段アイスも好きなだけ買っていいんだぞ」
「ん……ありがと、孝成さん」
 照れたように笑った潤は、「アイス好きだけど、孝成さんと一緒に食べるっていうのが大事なんだよ」と内緒話のようにして教えてくれる。
 分かってるって。大丈夫。お前は何かを「一緒にする」ってことにこだわるもんな。
 はたしてこいつは、一本の棒アイスを二本に折って分けて食べた経験はあるだろうか。もっと暑くなったらちょうどいい時期だろう。真ん中の部分でうまく折れるといいんだが。あれ、折るの失敗するとビニールが伸びてめちゃくちゃ食いづらくなるんだよな。
「潤」
「なーに? 孝成さん」
「もうちょい暑くなったら俺の華麗な膝蹴りを見せてやるからな」
「何言ってんの……?」
 不審げな表情をされてしまった。あれはな、アイスの真ん中の部分に膝蹴りを当てて折るのが一番やりやすいんだよ。
 こればっかりは口で説明するよりも見せた方が早い。
 夏なんてスーツが暑くて湿度は高くてあんまり好きじゃなかったが、もっともっと暑くなって、シャーベットの美味い季節になるのが今はちょっとだけ楽しみだった。
「あ。潤、アイス垂れそう」
「わっ! あ、あぶなー……お喋りに集中してたら忘れてた」
 うん。どうやらこれも気を抜くと危ないらしいので、俺が隣でちゃんと見ておかねえとな。
 今日もこいつから目が離せない。

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