羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

INFO / MAIN / MEMO / CLAP


 びくり、と肩が跳ねたっきり加賀が硬直してしまったので調子に乗って舌とか入れてみちゃったり。行動に移してみて改めて分かった。俺、こいつのこと好きだ。これまでのもやもやの理由が分かった。なんでこんなに必死になってしまうのか分かった。全部、全部、好きだから。
 どうしよう、と思う。確実に順番を間違えた。というか告白もしてない同意も得てないのに突然キスするとか俺の方が通り魔じゃん! なんで行動を起こす前に考えないんだよ!?
 慌てて「ごめん!」と叫んで離れて、ベンチの上で土下座する。予想その一、「なんなんだお前気持ち悪いんだよ!」って言われて絶交。予想その二、「死ね」って殴られて吹っ飛ぶ。予想その三、「は? ホモ……?」ってドン引きされて逃げられる。さあどれ! と顔を上げると、そこには。
「な、なんっ……何、お前、何して」
 混乱した表情で、赤くなった顔を腕で隠している加賀がいた。
「……ごめん、あの、なんで?」
「こっちの台詞だろうが! 『なんで?』ってなんだよ!?」
「なんで嫌がんねえの?」
 するとそいつはいよいよ困り果てたみたいな顔になって、「い――嫌がって、ねえように見える……のか」と言う。うん、見えるんだよなそれが。
「俺、加賀のことガチで好きみたい……なんだけど」
「……っお前、あんま馬鹿にすんなよ」
「違う! 嘘や冗談でこんなことしねえし」
 なんかよく分かんねえんだけど思わずキスしちまうくらいには好きなんだよ。
 っつーか既にもう一回したい。
 この数分で急に表情豊かになったように見える加賀は、唇をごしごしと制服の袖でぬぐった。分かっていたことなのにそれでもショックを受けてしまう。勝手に落ち込んでいると、そいつは突然俺の靴を軽く蹴ってきた。
「うおっ! な、なんでしょうか」
「……どうしてくれんだよ」
「えっ?」
 鋭い眼光に射抜かれる。「お前がそうやって逃げねえから、一人でいるの物足りなくなっちまっただろ」別に一人でいるのが嫌いなわけじゃなかったのに、と詰るような口調で言われて胃の辺りがぞくっとした。
「噂も全然気にしてなかったのにお前がどう思ってんのかは気になっちまうし、メンソの煙草、悪くねえなって思ったし、漫画誰かに貸すのとか初めてだったし……」
 挙句の果てには男にキスされてそれが嫌だと思えねえし。
 そう、言った。確かにそう言った。ぐしゃぐしゃと髪を掻き回す様子もやっぱりかっこよくて、でもちょっとだけ恥ずかしそうにしてるように見えて、それがかわいい。
「……加賀はさ、『一人が楽』とは言ったけど『一人が好き』とは言わなかったぞ、一度も」
「は……?」
「お前別に一人が好きってわけじゃねえんだよ、最初から。嫌いじゃないだけで、好きでもねえだろ」
 加賀は何か言いかけて、諦めたように苦々しげに黙った。おっ、もしかして俺言い負かした? そわそわしてしまう。
「なあ、もう巻き込むだの何だの言うのやめろよ。友達だろ。ほら、俺ってばこれでも結構喧嘩慣れしてるし……お前に比べたらそりゃ弱いけどさ……」
 突然キスしておいて同じ口で「友達」だの何だの言っちゃう俺かなり調子いいな。案の定加賀は微妙な顔つきをしたが、さも当然みたいなフラットな声で「ああ、そういやさっきの奴らはいっぺんシメとかねえとな。お前顔覚えてるか? 一人脅せば芋づる式で捕まるだろ」と指の関節をバキボキ鳴らした。……こっわ!
 加賀、いいやつだけど善人じゃねえよな。やっぱ不良だ。不良カテゴリだ。
 まあ殴ってきた相手を俺が庇ってやる義理も無いのでその辺りは加賀の気分にお任せしよう。
「……なあ。俺、まだお前のことそういう意味で好きかどうかは分かんねえんだけど……」
「え? 大丈夫大丈夫、たぶんお前俺のこと好きになるよ。というか実は今も半分くらい好きだろ」
「どんっだけポジティブなんだよお前は!?」
「いやー、だってキスしたの嫌じゃないって、もう好きってことでいい気がしますよ俺は」
 ずいっ、と顔を寄せると加賀はまさかの受け入れ態勢。観念したかのように目を閉じてしまう。ほら、抵抗しねえんだもん。まさかこいつにこんな一面があるとは。
 夢中になってキスしてたらいつの間にか加賀の背中がベンチの座るとこにくっついてた。要するにベンチの上に押し倒しちゃってたんだけど、気持ちよくてやめられる気がしない。
 ぢう、と溢れそうになった唾液を啜ったところで、加賀がようやく目を開けた。「……嫌だった?」「い……嫌じゃねえから、困ってんだろ……」「え、困ってんの?」「――知るか!」ええー、なんだこれバカップルかよ。
 と、加賀が慌てたような声をあげる。
「うわっ、お前また鼻血出てんぞ」
「えっ興奮して鼻血とかそんなベタな!?」
 手で拭う前に、ぱたり、と血が加賀のワイシャツに落ちて滲んだ。キャー! と心の中で悲鳴をあげていると、「あっいた! 竜也いた!」なんて後方から声がかかる。
 振り返って、坂を上ってきていたダチ二人が視認できた。「よ、よかったー! お前ついに加賀に埋められたのかと!」「クスリの肥料とかにされてなくてよかった!」え、友情よろしく助けに来てくれたの? 薄情とか思っててごめん。
 どうやら俺の帰りが遅いから心配してこんなところまで捜しにきてくれたらしい。持つべきものはやっぱり友達だな。
 っつーか、ここにいるけどね、加賀。
 ベンチの背もたれが目隠しになって加賀の姿は見えていなかったようだが、流石にあと数歩のところまで近付かれるとばれる。そいつらは「ひえっ」と情けない悲鳴をあげて立ち止まってしまった。ちなみに今の状況、ベンチの上で俺が加賀に馬乗り。どう説明すればいいと思う? 分からん。
「竜也お前何ちょっといい勝負演出してんの!? 加賀相手に!?」
「なんでその体勢が許されてんの!?」
 あっ、加賀の息があがってるせいか都合のいい方向に勘違いされてる気がする……! と思ったのも束の間、みぞおちに軽い衝撃。
「うぐっ」
「馬鹿。さっさとどけ」
「は、はい……調子乗りました……すみませんでした……」
 どきました。加賀は「お前の友達無駄にテンションたけえな……」とぼやいている。さては照れ隠しか?
「なあお前ら、加賀に自己紹介して」
「……佐藤です」
「鈴木です」
「あからさまな嘘をつくな! あーもう、ごめん加賀。ピアスの方が千川で金髪の方が要。俺の友達」
 で、こいつは加賀。同じく俺の友達。そういう風に紹介した。二人は「ええー……」みたいな顔をしたけど、おそるおそる一歩だけ加賀に近付いて「……友達?」と尋ねる。
「…………、……うん。友達」
 待って何その間は。未だに半信半疑みたいな顔をしてる二人と、ちょっと恥ずかしそうにしてる一人。全員俺の友達だ。そのうち一人は未来の恋人の予定だけどな。
 この日、加賀には友達が二人増えた。『友達の友達は友達』理論ってやつ。あとは、解けた誤解も一つあって。
「あ、あのさ……加賀……くんはさ……もしかしてそんな怖いひとではない……?」
「見たままだろ! 全然怖くないし!」
「いやっでもでも! 実のところ学校で麻薬を栽培してるっていうのは? マジなの?」
「マジだったら俺は今頃捕まってるだろ……なんでそんな噂が流れてるんだよ……」
 だって加賀くんが謎の葉っぱ持って歩いてるとこ見てる奴がいるんだよぉ、と怯えながら言うそいつに加賀はちょっとだけ首を傾げて、「……あっ」と呟いた。
 えっまさか心当たりが!? と加賀の制服を引っ張ると、ものすごーく言いたくなさそうな顔でそいつの指先がある方向を示した。
 指差した先にあったのは、あのレモンの匂いのする葉っぱのある菜園だった。
「……えっ、もしかしてあれ?」
「心当たりが、それしか……」
「えっマジであれなの!? ぶわはははは! 無理! 無理なんだけど!!」
 馬鹿笑いしてたらむせて盛大に呆れた顔をされる。未だに事情が飲み込めていなさそうな二人には、ちょっと勿体無いが俺の秘密の菜園を紹介することにした。別に俺が育ててるわけじゃねえけど。
「――はああ!? ただのハーブじゃん! 合法ハーブじゃん!」
「確かに匂い嗅ぎながら歩いてたことはあった……気がする……から、そのせいかもしんねえわ」
 どうやら加賀は俺の想像よりもずっとあの葉っぱを気に入ってくれていたようで、一人のときも時々一枚摘んで楽しんでいたらしい。よく考えたら最初から妙に食いつきよかったもんな。でも流石に麻薬には間違えないだろ? さすがバカ高。
 誤解が解けてすっかり打ち解けたというか気が抜けたらしい三人は、煙草を吸いながらまったり休憩中。俺はというと鼻血の止血中。あーもう、やっと止まった。
「竜也ー、おれたちそろそろ戻るわ。もう放課後じゃん」
「えっマジで!? 俺も鼻血止まったら帰るわ!」
「鼻お大事にー」
 加賀もばいばーい、と言い残してそいつら二人は戻っていった。いつの間にか呼び捨てになってる。いいことだと思うのにちょっともやっとすんのは嫉妬だろうな、やっぱ。
「なあ、まだ血止まんねえのか」
「や、だいじょーぶ。お前と二人きりになりたかったから止まってないふりしただけ」
 様子を見に来てくれた加賀にそう言うと、「……そうかよ」と返された。ふいっと目を逸らすだけの仕草もかっこいい。でもかわいいから不思議だ。
「あっ、そういやシャツに血ついたよな!? ごめん、洗濯する」
「別にいいっつのこれくらい」
「白に赤って目立つじゃん」
「俺からだとよく見えねえ位置にあるんだよ。気になんねえから」
「いやーでも……ちょっとよく見せて。ほら」
 近付いて、襟元の赤い染みをなぞる。ふと斜め上を見上げると加賀の顔がどアップだったから、思わずちう、と唇で触れる。
「!? なっにっすんだお前!」
「はっ! いや、目の前にあったからつい……何も考えずに……」
 やばいな、欲望に忠実すぎるだろ。加賀は「し、信じらんねえ……なんなんだ……」と珍しく弱弱しい声をあげている。やっぱこいつかわいいな?
「加賀」
「……今度はなんだ」
「智明って呼んでいい?」
「は?」
「これからお前には友達増えると思うけど、俺の特別ポジションは残しておいてほしいっつーか……やっぱりお前のこと最初に見つけたのは俺じゃんっていうか……」
 要するに独占欲みたいな、嫉妬みたいなアレです。
 正直に白状すると、加賀はたっぷり黙って「…………『ちーちゃん』はやめろよ」とだけ言った。
「それは二人きりのときだけにするから!」
「二人きりのときでもやめろ!」
「あっごめん調子乗りました。怒るのやめて。ごめん、智明」
 表情あんま変わらないって思ってたけど、慣れてくるとそうでもないなお前。こんな、焦ったり恥ずかしがったりするんだ。知ることができてよかった。俺だけのお前でいてほしいっていう我儘は、言わないようにする。
 とりあえず戻ったらちゃんと漫画を返して、感想もちゃんと言って、それで――。
「あ。智明、連絡先教えて」
「連絡先?」
「うん。偶然じゃなくて、いつでも会いたいから」
 僅かに見開かれた瞳と、思いの外控えめに、おずおずと差し出された携帯。
 なんだか全部意外でそれが楽しくて、これからきっともっと楽しいんだろうなあ、なんて思ったりする。
 ――こいつが、俺のことを『好き』だとちゃんと自覚して口に出してくれるの、いつになるかな。なるべく早く、が目標だ。
 そんな状態でキスまでは許してしまう智明のことが若干心配ではあったけれど、そこはまあ俺だからだろうと納得しておくことにした。
 そ。これが特別ポジションってやつ。

prev / back / next


- ナノ -