羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 今日は大牙の誕生日だ。去年は当日から一週間以上過ぎてそれを知ったので何もできていない。まあ、誕生日だからと言って何か特別なことをしたり、ましてやプレゼントを贈り合うなんていうのはかゆい気もしてしまうけれど。柄じゃないのだ。
 大牙もあまり、誕生日を盛大に祝う文化は持っていないようで。何か欲しいものあるかと聞いたら、じゃあ今日部活終わったら一緒にごはん食べに行こうよ、と誘われた。何食う? と重ねて聞いたらラーメンがいいらしい。それでいいのか。トッピング全部載せても千円ちょいで済みそうだぞ。
「ここは俺に出させて」
「え、いいの? 玉子のせていい?」
「うん」
 帰り道、もう日もとっぷり暮れた寒空の下を歩いて到着したラーメン屋で、大牙は嬉しそうにメニューを選んでいた。こんなに喜ばれると恥ずかしいな。玉子のせていい? チャーシューのせていい? といちいち聞いてくる大牙はかわいい。全部載せとけ。
 カウンター席に座ってほどなくしてラーメンが運ばれてくると、そこからはほぼ無言で麺をすすった。調子に乗って替え玉まで頼んで、食いすぎた、なんて笑いながら店を出た。実はラーメンって一人だとあまり食べない。どうしてもカロリー高いし。部活やってた頃の感覚がいまいち抜けきれていないのだ。
 他の奴らの前でこの話をちょろっとしたら、由良に「あー、ボクサーってなんかいつもダイエットしてるよな」と雑な感想を述べられてしまった。ダイエットじゃなくて減量って言ってほしい。
 ボクシングをやめたから分かったことだけど、夜遅くに食べるラーメンは美味い。
 店の外は相変わらず冷えていたけれど、食事の後だからなのか体がぽかぽかしていて寒くはなかった。むしろ、頬にあたる風が気持ちいい。浮き立った気持ちのまま大牙に「誕生日おめでとう」と言うと、「ありがと! めっちゃ嬉しい!」と満面の笑みが返ってくる。
「ほんとにこんなんでよかったのか」
「え、十分だって! 俺もそんな、佑護の誕生日にパーティー開催とかできなかったし」
「いやそれは今後もしなくていい……気持ちだけ貰っとくから」
 パーティー開催って。恥ずかしすぎるだろ。
 些細なことで喜んでもらえるのが嬉しいような少し申し訳ないような、そんな気持ちだった。俺もアルバイトとか、しようかな……。怪我をしてから他人と関わりを持つのが億劫だったのだけれど、今なら大丈夫な気がする。
 内心で密かに今後の計画を練っていると、ふと大牙がこちらを見上げているのに気付いた。
「どうした?」
「ん? んー、今日俺の誕生日を最後に祝ってくれたのは佑護なんだなって思って」
 今日の終わりに顔見るのも声聞くのも全部佑護だなって気付いたら、なんか恥ずかしくなっちゃった。大牙はそんな風に言った。
「ちなみに最初に祝ってくれたのは母さんなんだけどね。夜勤だから当日の夜に祝えなくてごめんって言われたんだけど、佑護がいてくれたから寂しくないや」
「……俺でよかったのか」
「そんなこと言わないでよ。佑護がいいよ。今日は本当に嬉しかった」
 思わず「あ……ありがとう」と声をあげると、「なんで佑護がお礼言ってるの? こちらこそありがとう」と笑われる。いや、だって、俺がいいって言ってくれたのが嬉しかったんだ。それは口に出せないまま胃の中に落ちた。また肝心なときに肝心な言葉が出てこない。もどかしい。
「あ、の、……大牙」
「なに?」
 立ち止まったら大牙は足を止めて振り返ってくれる。俺を見て笑う。歩きながらでは間に合わない。ちょっとだけお前の時間を俺にくれ。
「俺も、嬉しいから……お前の誕生日に、お前に最後に会うのが俺でよかった」
 だって、なんとなく独り占めできている気がするから。意を決して立ち止まったのに心の奥までは流石に吐露できなくて、でも今はそれでいいかと思う。少しずつ、伝えられるようになっていく。
 大牙は笑って、俺の手を引いて歩き出した。そこから帰り道が分かれるまで、俺たちはずっと手を繋いでいた。
 その日は寒くて、とても温かかった。

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