羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

INFO / MAIN / MEMO / CLAP


 近頃雨が続いている。行祓がソファに沈み込みながら「うあー今日も雨だ。買い物行きたくないなあ……」なんて言ったので、別に一日くらいさぼってもいいんじゃないかと言ってみると驚いたような顔をされてしまった。
「でも、そしたらちゃんとしたもの作れないよ?」
「毎日休まずとか、大変だろ……お前はもっと手抜きしてもいいと思うし、別にさぼってもいいと思う」
 一日三食休まず作ることの大変さは想像するくらいしかできないが、だからこそ俺が考える以上に手間がかかっているのだろうと分かっている。行祓はどうも人にお願いされたり頼られたりするのが割と好きな方らしいけど、だからと言って無理はしてほしくない。
「……じゃあ今日は手抜きしちゃおっかなあ」
「ん。そうしろよ」
「ふは、ありがと。あり合わせのもので作っちゃうね。……隣で見とく?」
 頷く。人が料理してるとこ、見るの楽しいよな。魔法みたいで。
 もう桜の花のつぼみも膨らむ時期だというのに今日は寒い。暖房をつけていないと室内でも肌寒く感じてしまうくらいだ。さっきまで軽く掃除をしていて換気の直後だったので余計に凍えそうになる。
「桜がこの雨で散っちゃわないといいけどねー。あ、満開になったらお花見しようよ。お弁当持ってさ、近くの公園まで散歩するの」
「いいな。俺、ブルーシートで酒飲むより弁当持ってベンチで食う方がいい……」
「まゆみちゃん綺麗好きだもんね。桜の木の根元って虫いたりするし」
「やめろ想像させんな」
「はは、ごめんって」
 なんでこいつ料理作りながら虫の話ができるんだよ。
 行祓は「手抜き親子丼を作るよー」と楽しそうだ。親子丼とは言っても鶏肉は無い。ついでに玉ねぎも無い。卵だけをめんつゆで溶いてことこと煮込み、冷蔵庫から何を取り出すのかと思えば魚肉ソーセージだった。斜めに切ってどんどん投入していく。思い切りがいいな。
「うまいよね、魚肉ソーセージ。このままでも食べられるし」
「おー……そうやって使う奴初めて見た」
「魚肉ソーセージすら無いときはちくわを入れますよおれは。ちくわも無いなら玉子だけ! あ、のり刻も」
 しゃくしゃくしゃく、といい音を立ててのりが刻まれていく。ふわりと漂う磯の香りと、めんつゆの匂いが食欲をそそった。部屋が寒いからか、キッチンの温かさで更においしそうに見える。
 やがてとろとろふわふわの玉子がどんぶり飯の上にたっぷり乗せられた。のりも贅沢に入れて、ネギも散らして、完成だ。
「じゃーん。あ、箸休めのおかずは作り置きしてあるから心配しないでね!」
「結局それなりに手間かかってるんじゃねえか」
 思わず笑うと、行祓は目をぱちくりさせて「え、今の笑いどころだった? まゆみちゃんが笑ってくれるの嬉しいからいいんだけどさ」とつられたように笑う。恥ずかしい奴だ。
「俺はほんとに、出前とかでも文句は無いからな。無理してほしくない」
「いやー、逆に出前で満足されちゃうとおれの沽券にかかわるからまゆみちゃんはもっとわがまま言ってよ。『手作りがいい』って言われるとなんだかんだ嬉しいよね、やっぱり」
 まゆみちゃんは「作ってもらって当たり前」って感じじゃないから、おれも頑張れるんだよ。行祓はそう言ってまた笑った。
「…………飲み物は俺が取ってくる」
「あ、照れてる? まゆみちゃん照れてる?」
「るっせばか。早く座っとけ」
「照れてるじゃん! かわいいね」
「うるさい」
「ふは、ごめんって」
 なんだかやけに機嫌のいい行祓の視線から逃れるように冷蔵庫の扉を開ける。部屋は寒いのに頬は熱くて困った。
 きっと食事をすればもっと温かくなるのだろう。
 そう思って、せめて飲み物だけは冷たいのがいいな……なんて、俺はコップと麦茶を用意した。
 ――初めて食べた魚肉ソーセージ入りの他人丼は、俺の好きな味だった。

back


- ナノ -