羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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「なんで突然弱点がどうこうって言い出したんだ?」
「え? お前何でもできるから、苦手なこととかできないこととかお前自身はどう思ってんのかなって気になって」
 ぴったりと高槻に引っ付き虫状態のままで喋る。振動がダイレクトに伝わってきてなんだか面白い。聴き慣れた声も、普段とちょっと違った感じに聴こえてくる。
「お前は俺のこと過大評価しすぎ」
「え、そう? やーでも実際さ、自分でも思わない? ほぼ全部平均以上だと逆に『特技』って思いつかないなとかそういうの無い?」
「まあ……それは、割と。でも一つだけ選ぶならやっぱ料理だな」
「別格ってやつだ」
「うん。……別格だ」
 料理を作るのは俺の一番の愛情表現だから、と、高槻はそんなことをさらりと言った。愛情表現かー。
「その愛情表現に応えるにはどうすればいいの?」
「食べてくれればそれで」
「それだけ?」
「……美味しかったら、『美味しい』って言ってほしい」
 えっそれだけ!? 思わず二回聞き返して笑われてしまった。「俺にとっては重要なことなんだよ。それだけで嬉しいんだ、本当に」いつも俺の作ったものを選んでくれてありがとう、と真剣な表情で言われてどきっとしてしまった。ちゃんと『好き同士』だって分かってるのに、こいつに見つめられるのはやっぱりどきどきする。片想いしてたときから変わらない。ずっと、変わらない。オレばっかり好きになっちゃってないかな? とか、こんなに好きなの重いかな? とか、前は不安になることもあった。でも今は大丈夫。
 なんなら高槻の方が重いしね、愛情。いや、悪い意味ではなく。こいつの愛は重い。総量が多い。人に向けることのできる愛情をたくさん持ってる奴だから。
「……お前は、俺に弱点が無いだの言うけど。実際はそんなことねえと思う」
「えっと……例えば」
「なんだろうな。お前に何か頼まれたりすると、つい叶えたくなるとか? お前かなり甘ったれだし我儘なとこあるけど、そういうのも全然嫌じゃねえんだよな」
「あ、甘ったれだしワガママって言われた……」
「だってお前人から何かやってもらうの好きだろ。俺、割となんでもかんでも世話したがりだと思うからちょうどいいけど」
 うん、オレがやった方が早いなーと思うことは自分でやるけど、家事とか身の回りのことに関してだと高槻の方がよく気付くし早いし上手いんだよね。でも高槻って絶対オレに甘えられるの好きでしょ? 分かるよ。
「だからまあ、俺の弱点っつーか弱味? それは、お前かもな。お前のこと引き合いに出されると色々断れねえと思う」
「そ、そう……?」
「お前の『お願い』、断ったこと殆どねえだろ」
 確かに。オレが突然「肉じゃが食べたい!」とか言っても、高槻は「だから俺の店は定食屋じゃねえっつったろ」なんて笑いながら作ってくれる。オレだけのために。
 一緒に酒飲みたいな、って言えばつまみを作ってくれるし、高槻が料理してる間に暇を持て余したオレがキッチンに行って隣でお喋りに興じようと試みても怒られない。高槻はマルチタスク脳らしくて色々なことを同時進行できるけど、そんな中でもオレの優先順位はかなり高い。
「……改めて考えてみるとお前ってほんとオレのこと好きだね」
「最初からそう言ってんじゃねえか」
「あとオレってかなりワガママだね……姉のこと色々言えない……引く……」
「そのままのお前も好きだけど」
「や、やめろー! 甘やかすのやめて! 嬉しくなっちゃうから!」
「厳しくしてほしい?」
「それはヤダ」
 優しくしてほしいです。
 高槻はふっと目元を緩めて笑った。あー、こいつこういうとこがダメなんだなきっと。なんでもかんでも許すから。しかもそれが嫌そうじゃない、寧ろ嬉しそうなんだもん。
 っつーかほぼ欠点なさそうなこいつの弱味がオレって。どんな殺し文句だよ。
 ……どんな殺し文句だよ!? マジで!
 頭の中がぐるぐるしてきたのでアルコールで上書きしてやろうと思ってそっと高槻から離れて強めの酒を呷る。顔が熱い。高槻は誤魔化されてくれないだろうな、なんて恥ずかしいやら嬉しいやらでどうすればいいか分からない。
「はあー……片想い期間が長すぎたのかも」
「何言ってんだ?」
「お前がいちいちカッコイイからさー、出会ってから十年経つのにまだどきどきしちゃうワケですよ。分かる?」
「あー、分かる」
「なんでお前に分かるんだよ!」
「『分かる?』って聞いたのお前だろ……いや、あのな。お前、自分ばっかりって思ってんじゃねえぞ。俺だって……」
「ん?」
「……なんでもない」
「言いかけてやめるなって。言ってくれないと耳触るからな」
 ぺしっとおでこを優しく押される。「やめろばか」あーその顔最高。何度見ても飽きないし何度でも新鮮な気持ちでどきどきできそう。
「お前が、どんな俺にどきどきしてるかとか……ちゃんと考えて行動してるんだよ、俺だって。ちゃんとお前に好きでいてもらえるように」
「…………、ねえ」
「な、なんだよ。……引いた?」
「オレさあどうしよう心臓いくつあっても足りねえよお前ほんっとずるいなんなのそれ、オレに好きでいてもらえるように頑張ってるってそんなん嬉しいに決まってるし最高すぎるしオレだってお前のこと大好きだしさあ〜!」
 支離滅裂な言葉と共に高槻に飛びつく。オレの恋人めちゃくちゃカッコイイし好かれる努力を忘れないし弱点はオレだしどうすればいいの? オレも好かれる努力したい。高槻にだってオレのこと『やっぱ今日も好き……』ってしみじみ思ってほしい!
 どうすればいいかな、と高槻本人に打ち明けると笑われてしまった。「お前勉強できるくせにそういうとこばかだよな」なんだか今日は笑われてばっかりだ。早々にいじけたくなって唇を尖らせていると、また笑い声がこぼれてくる。
「そんなの会うたびに思ってる。言っただろ、お前だけじゃねえって」
 その笑顔はきらきらしていて、あったかくて、オレの大好きな表情だった。たまんない。ほんとに最高だよお前は。甘ったれなオレのことを許しすぎるのはちょっとよくないと思うけど、それはこいつの数少ない欠点なのかもしれないけれど、その欠点でオレはこんなにも幸せな気持ちにしてもらっている。
「高槻は今日も最高だよ……」
「そりゃどーも。お前のお陰なんじゃねえの」
 楽しそうにグラスを傾ける恋人にすぐにでもキスしたいのを我慢する。こういうのはタイミングってものがあるのだ。高槻がグラスに口をつけて、喉仏が上下して、静かにグラスがテーブルへと戻るのを確認して。
 よし、今!
 身を乗り出したらどうやらタイミングを見計らっていたことも全部ばればれだったらしい。こいつ、さては焦らしてたな? 受け入れ準備万端な高槻の下唇を甘噛みして抗議すると、ごめん、とでも言うかのようにそいつの手がオレの髪を撫でた。
 ……あーもう、そういうとこもずるいんだよ、お前はさ。

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